【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

違和感の正体(1)

 翌日。休日はお昼前まで寝ていたいところだけど、今日はあくまで仕事なので遅刻はできない。前日に小鳥谷さんと連絡し合った通り、朝の十時に彼が泊まるホテルへ向かった。
 入口のそばに車を停めると、見計らったかのように、麻のシャツを緩く着こなした小鳥谷さんが現れる。眼鏡は外していて、昨日とはまた違うカジュアルな雰囲気だ。しかし今日もなお、キラキラとエフェクトがかかっていて、実に眩しい。照りつける夏の日差しのせいだと思いたいけれど。

「おはようございます」
「おはようございます。どうぞ、乗ってください」

 車の外で挨拶を交わすと、助手席に小鳥谷さんが乗り込む。
 すると、ふわりとどこかで嗅いだことのある匂いが、鼻腔を掠めた。シトラスのような、爽やかで、でもどこか落ち着いた香り。

「あ……」
「ん? どうかしましたか?」

 どこで嗅いだんだろう。この匂い。なんだか懐かしいような……。ダメだ、思い出せない。

「い、いえ。そういえば今日は眼鏡、されてないんですね」
「はい。実は視力があまり良くなくて。仕事の時はコンタクトだと疲れちゃうので。月舘さんは今日、眼鏡かけてるんですね」
「あ、はい。運転の時は……」

 視力は特別良くも悪くもない。日常生活には支障ないが、念のため車を運転する時だけ眼鏡をかけているのだ。

「そういう雰囲気もいいですね。可愛い」
「か、かわ……!?」

 可愛いと言われた気がするのですが、気のせいでしょうか……?
 隣の小鳥谷さんは、涼しい顔をしたまま。敢えて聞き返すのも躊躇われ、平静を装う。

「そ、それでは行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」

 昨日中里ちゃんたちにからかわれたせいで、変に意識してしまっている気がする。だけど、余計なことを考えるのはやめよう。今日は仕事なのだから。
 改めて自分に言い聞かせると、小鳥谷さんを乗せて、アクセルを踏む。

「すみません、僕から誘ったのに車まで出してもらって」
「いえいえ。私が案内するんですから、これくらい気にしないでください」

 新幹線で来ていた小鳥谷さんからは、車を借りる提案もされたが、私が自家用車を出せばいい話なので丁重にお断りした。
 こうやって、男性を助手席に乗せるのは何だか久しぶりで、変な感じだ。
 それに――
 ちらりと横を向けば、小鳥谷さんが穏やかな笑顔でこちらを見ている。もちろんキラキラのエフェクト付き。都会からのイケメン訪問者を案内するのだ。意識しないようにしても、それなりに緊張してしまう。

「月舘さん、お休みの日もそういった恰好されているんですか?」

 今日着て来た服は、普段仕事で着ているシンプルなブラウスとタイトスカート。正直家を出るまで迷ったけれど、あまりラフな格好もどうかと思い、平日と同じ仕様で来たのだ。

「いえ、普段はもう少しカジュアルですよ。今日は仕事ですから」
「なんだ。少しデートっぽいな、と思ってたんですが。僕だけですかね」
「ええ!? 仕事ですよ! ははは、小鳥谷さんって面白い方ですね~」

 いや、まったく笑えない。都会のイケメンは、冗談も私の想像の上を行っているのか……。
 どういう気持ちでそんな冗談を言ってるのか分からず、適当に笑って流すと「冗談じゃないんだけどな」と、助手席からはっきりと独り言が聞こえてきた。その声は全く聞こえなかったことにして、最初の目的地へと車を走らせた。



 初めに訪れたのは、ジェラート工房。朝からジェラートか、と思われてしまうかもしれないが、地元では人気のお店で、お昼前から大行列を作っている。今はまだ暑い時期なので、混雑を予想して開店直後の時間にお邪魔した。
 一応今日訪れる店舗には、誤解を招かぬよう「東京から来ている取引先の方の案内で伺う」と、昨日のうちに先手を打っておいた。
 田舎はとにかく噂が広まるのが早いから、あることないこと噂をされても困ってしまう。特に小鳥谷さんは存在しているだけでも目立つ為、これは最低限の自己防衛なのだ。

「ここでは併設してある牧場で採れた新鮮な牛乳と、すぐそばの農園の野菜やフルーツを使ったジェラートが人気で、寒い冬場でも賑わっているんですよ」
「へえ、たくさん種類がありますね。僕、甘いものには目がないので」
「本当ですか? 私も好きで、プライベートでも来てますよ」

 昔から家族や友人、そして恋人とも何度も訪れた場所だ。恋人、といっても誠しかいないのだけれど。
 誠はここのジェラートが大好きで、いつも私ではチョイスしないような変わり種ばかり頼んでいたのが懐かしい。特に好きだったのが――

「じゃあ塩トマトと、米粉にしますね」
「えっ!?」
「……何かまずかったですか?」

 まさに、今頭の中で考えていた組み合わせと、小鳥谷さんの言葉が一致して、声が裏返ってしまう。

「い、いえ。随分変わり種から攻めるんだな~と」
「こういうのは冒険したくなるタチなので」
「あ……そうなんですね」

 そういえば昔、誠も同じようなこと言っていた気がする。
 偶然に驚きながらも、私はオーソドックスなミルクと季節のフルーツを選んで注文した。



 外のベンチに座ってジェラートをひと口。小鳥谷さんは、満面の笑みで「美味しい」と頬張っていた。普通にしてるとかっこいい印象なのに、笑うと人懐っこくて何だか可愛く思える。
 それに、私はこの笑顔をなんだか知っているような気がする。
 昨日から感じている違和感が再び。自分でもスッキリしない気持ちで悶々していると、小鳥谷さんがこちらを見た。

「月舘さんも食べてみますか?」
「えっ、いいんですか? あ、でも……ん!?」

 ジェラートをシェアするのは、小鳥谷さんとの距離感ではいかがなものだろうか。
 そんな躊躇いなど一瞬で払われ、次の瞬間スプーンが口の中に入れられていた。
 スプーンは私の口に収まるべくして差し出され、ぴったりと入り、ゆっくりと抜けていく。口の中はトマトの絶妙な酸味と甘味の後に、程よい塩気が後を引き、意外にもさっぱりとした味わいだった。

「ね、美味しいですよね?」
「は、はい……」

 小鳥谷さんは嬉しそうに、にこにこと微笑んでいる。ここまでスムーズな対応ができてしまうとは、恐ろしい人だ。もしかすると、人との距離感が近すぎる人なのかもしれない。
 もらった以上自分の分をあげないのもどうかと思い、結局互いにジェラートを交換し合う。傍から見れば――

「これじゃあカップルですね」
「ははは……またまた、ご冗談を」
「月舘さんが相手なら僕は大歓迎ですけど」

 冗談か本気かもわからない台詞を吐いて、キラキラの笑顔で微笑む。社交辞令だとはわかっているけれど、妙に意識してしまう。
 何だか心がざわついてしまって、急いでジェラートを食べると、再び車に乗り込んだのだった。



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