【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

都会からの来訪者(1)

 それから一週間。サイトのリニューアルの依頼は、小鳥谷奏へすると満場一致で決まり、彼との打合せ日を迎えた。

「どんな人なんですかね! 小鳥谷奏さん!」

 朝からオフィスでソワソワしているのは、中里ちゃん。彼女がいつもより気合が入っているのは、ばっちり決め込んだメイクと、見たことのない真新しいワンピースから十分伝わってきた。

「でも、そんなに凄い人がわざわざうちの会社なんかに……。って、すみません、社長。悪い意味じゃないですよ!?」
「ううん、その通りだから。本当何でだろうね」

 先日、東京の友達に彼のことを尋ねると、すぐに連絡があった。なんと、友達と彼は同じ大学の同級生だったのだ。話したことはないけれど、大学時代からいろんな意味で目立っていたから、有名人だったとか。年齢こそ二つ上だが、小鳥谷奏が在学中に二年ほど休学をしていたのが原因らしい。
 今ではデザイナー業界の貴公子だのサラブレッドだのと呼ばれるとにかく優秀な人で、加えてとんでもないイケメンだ、と。
 その話をしたものだから、中里ちゃんはじめ事務所の皆もソワソワし始めてしまい、打ち合わせの今日は、朝から事務所の空気がいつもと違っていた。

「な、なんか私まで緊張してきたよ……」
「社長、大丈夫ですか!?」
「だって東京の人と打ち合わせなんて、初めてじゃない?」

 通常ならオンラインの打ち合わせで済ませるところ、彼からの申し出があり、わざわざ会社まで足を運んでくれることになったのだ。彼の住んでいる場所は東京。私たちの住む地域までは、なんと新幹線と電車を乗り継いでも二時間以上かかるというのに。
 さすがに躊躇われたが、交通費や宿泊費はすべて自分の方で賄うからとまで言われてしまったら断ることもできず、ありがたく来社を受けることにした。

「とりあえず、ぼったくられないようにだけ気をつけなきゃね……」
「さすがにそれはないですよ。報酬も了承してもらえてますし」

 やり取りを担当していた葛巻くんは、「その辺りは抜かりない」と冷静に言い放つ。
 私たちが払える金額は、大して高くはない。東京で、しかも大企業ばかり相手しているデザイナーにとって、こんな金額で依頼をするなんて申し訳なくなるほど。それでも構わないと受けてくれたのだから、なぜここまで気にかけてくれるのか、不思議でしかなかった。



 約束の時間、ちょうど三分前になって、オフィスの電話が鳴る。エントランスに来客があったことが分かり、中里ちゃんが真っ先に出迎えに行った。
 彼女が来客室兼会議室に彼を案内してくれた後で、葛巻くんを連れて部屋へ向かう。一呼吸おいて部屋へ踏み入れると、椅子にかけていた男性が勢いよく立ち上がった。
 思わず見上げてしまうほど、高身長の男性が目の前に立つ。落ち着いたアッシュブラウンの髪は、緩くパーマが充てられているのか、無造作にセットされている。
 そして丸みを帯びたメタルフレームの眼鏡は、クラシックでお洒落な雰囲気を醸し出しており。その奥の程よいアーモンドアイから覗かせた、色素の薄い瞳と目が合った瞬間、体が固まってしまった。

 あれ? この人、どこかで……?

 一瞬のうちに、自分の記憶を辿る。けれど生まれてこの方、この土地から出たことがない私にとって都会のイケメンデザイナーなどと出会う機会はなく、すぐに人違いだと判断した。一度見たら忘れない、それほどまでに彼の容姿にはインパクトがあった。
 気を取り直して名刺交換を、と思ったけれど相手は話し出す様子もなく私を見つめている。何も話さないわけにはいかないので、小鳥谷さんが話し出すのを待たずに、先に一歩前に出た。

「遠いところお越しいただきありがとうございます。お世話になります、私フルルの代表の、月舘と申します」

 普通はこのタイミングで、同時に名刺交換のはずなのだが……。

「あ、あの……?」

 依然として、私から視線を逸らさない彼に声をかけてみると、やっと小さく口を開いた。

「やっと会えた……」
「え……? すみませんが、やっぱりどこかで……?」

 記憶はない。だけど、彼も私に見覚えがあるのだろうか。彼の顔を覗き込んでみると、今度は我に返ったように姿勢を正した。

「す、すみません。失礼しました。こちらこそお世話になります、WEBデザイナーの小鳥谷と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 丁寧に互いの名刺を受け取り、お辞儀を交わす。葛巻くんも挨拶を終えると、互いに向かい合って座る形で腰を下ろした。

 なるほど、聞いていた通りイケメンだ。目鼻立ちもはっきりとして、毛穴すら目立たない肌は陶器のようで、私のスッピンなんかよりもずっと綺麗だ。
 心なしか、彼を見ると目がチカチカするような気までしてくる。無駄にキラキラのフィルターがかかっているのかもしれない。さらには、ひとつひとつの所作が丁寧で、思わず見入ってしまう。男の人なのに、指先は細くて長くて綺麗で、そして――

「あの、失礼ですが、私たちどこかで会ったことありましたっけ……?」

 一度話を戻そう。先ほど彼は確かに「やっと会えた」と呟いた。それに、私だって一瞬どこかで会ったような気がした。
 だとすれば――

「いえ、初めましてですよ」
「え? あ、そうですか……」

 あまりにあっさり否定され、拍子抜けしてしまう。「でも」と話を挟みたいところだが、イケメン故、変に粘着質なストーカーと思われるのもごめんだ。……それは話が飛躍しすぎているかもしれないが。
 ひとまず胸に抱いた違和感はおいておき、せっかく来てくれたのだからと仕事に集中した。


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