【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

恋愛とは無縁の女(3)

 なんとかその日の仕事を終わらせてやってきたのは、繁華街にある行きつけの居酒屋。昭和を感じさせるノスタルジックな雰囲気は、いつ来ても居心地の良さを感じさせられる。
 と言っても、仕事はまだまだ山積み。帰ってからも作業が残っているのだけれど。

「花梨~こっちこっち」
「あーごめん! お待たせ!」

 待ち合わせていたのは、小学校からの幼馴染のみなみ。とても面倒見が良くて、優等生で、昔からみんなのお姉ちゃん的存在。その性格の通り、今は高校教師としてバリバリ働いている。
 実家はそこそこ近いのだが、お互い職場の近くで一人暮らしをしているため、今でもこうして月に一回程度は飲みに行ったりしている。いわば腐れ縁のような仲だ。
 席に着くと、みなみがタイミングを見計らって頼んでいてくれていたハイボールを煽った。

「相変わらず忙しそうだね~社長さんは」
「あはは~まあね。毎日必死に頑張ってるよ~」
「でも、ちょっと必死過ぎじゃない? 昨日見たよ、県民TV」
「ええ!? うそ、言ってなかったのに……!」

 さすがに自ら魔法少女のコスプレを宣伝するのも躊躇われ、誰にも話していなかったというのに。まさか見られていたとは……不覚。

「まったく何してんのさ~。いい年して魔法少女コスプレとか」
「う……仕方ないじゃん、仕事の為だよ」
「わかるけど。仕事ばっかしてると、あっという間に婚期逃すよ?」
「そんなこと言ったって、別にいいよ~。結婚する気なんてないし」

 都会と比べて田舎の婚期はなかなかに早い。地元に残った友達は、ほとんどが結婚してしまったし、一度離婚して再婚ラッシュが来てたりもする。さらに、大半は子持ちで、昔は成人式に子供連れなんてこともザラじゃなかった。
 対して私は、結婚なんてものには一切縁がない。ずっと地元にはいるものの、大学を出て、就職して、起業までしてしまった。あまりにも周りの婚期が早いものだから、逆に焦りを感じることなどなく、ここまでやってきたのだ。

「結婚っていうか、花梨はさすがにそろそろ恋愛しないと干からびるよ」
「なに干からびるって。今どき結婚しなくたって幸せになれるから大丈夫だよ」
「そうかもしれないけどさ……セカンドバージンって言葉、知らないの?」

 いきなり出てきた下の話に、思わず飲んだハイボールをむせそうになる。その名の通り、セックスから遠ざかってしまった女性――つまり私のことだろう。

「ちょ、いきなりやめてよ、そんな話!」
「いやいや、真面目な話さ。結婚とはいかなくても、恋愛くらいしてみたら?」
「だーかーらー、今は仕事が忙しいし、それどころじゃないの!」
「って、毎回言ってるけど、何年彼氏いないと思ってるの? もう九年だよ?」
「数字言われるとリアルだからやめて~!」

 そう言って、わざとらしく耳を塞いでみせる。しかしながら、この手の質問には慣れた。いや、未だに初対面の人に聞かれると、答えるのに躊躇はする。そして、次の話を聞くと大抵の人が引いてしまうので、言わないようにしているのだけれど……。

「ねえ、本当はまだ引きずってるの? 誠のこと」
「ないない~! さすがに吹っ切れてるよ? もう九年も前のことだし」
「でも、今でも毎朝拝んでから家出てるんでしょ?」
「そ、それは、もう癖みたいなもんで……」
「その癖をやめないと、いつまでも忘れられないって言ってんの」

 清田誠。同じく彼も小学校からの幼馴染で、高校一年生から大学一年生までの約四年間、私の恋人だった人。
 そして九年前、取りたての免許で運転していた車で事故に遭い、帰らぬ人となった。
 ……なんて、いきなり重い話に聞こえるかもしれないが、全くそんなことはない。
 確かに一度に幼馴染兼恋人だった彼を失ってしまったのだから、数年は落ち込んでた。後を追おうかなんて、恐ろしいことまで考えるほど、ひどく。
 けれど、時間が解決するというのは本当のことで、九年も経てば、気持ちも吹っ切れていて、今は思い出して切ない気持ちになることはなくなっていた。

「とにかく、まだ好きとかじゃないよ? みなみと一緒で、もはや家族みたいっていうか、そういう存在で」
「でもさあ……」
「だってほら、みなみだっておじいちゃんの仏壇に手を合わせるでしょ? それと同じ感覚だって!」

 そう、誠はもはや家族なのだ。小さいころから一緒にいるのが当たり前で――だから、未だに毎朝思い出す時間があっても、問題ないのではないだろうか。決して彼のせいで、今まで恋愛ができなかったわけではない……はず。

「はあ~。わかった。じゃあ吹っ切れていたとして、だよ? やっぱり彼氏作ってみよう。とりあえず」
「いや、だから今は仕事が……」
「仕事は恋人じゃない! それに今の仕事だって、誠と約束したから頑張ってるんじゃないの?」
「う……きっかけはそうかもしれないけど、今は違うし!」

 みなみの言う通り、もともとフルルはいつか誠と一緒にやりたいね、なんて話していたビジネスモデルを形にした会社だった。彼を失って傷心していた時も、その夢があったから、就職して勉強して資金を貯めて……そうやって今までやってこれた。
 はじめこそ、寂しさを埋める為に奔走していたかもしれないが、今はそうではない。ちゃんと自分の為、従業員のみんなの為に、目標を持って働いているから。

「とにかく私は心配なの、花梨が孤独死しちゃわないかって……お節介なのはわかってるけど」
「みなみ……ありがとう。いつも心配してくれて。でも大丈夫だよ? こんなに思ってくれてる友達もいるわけだし! 本当に寂しくなったら、自分でどうにかするから!」
「まったく、それじゃ遅いんだって……」

 こうして心配してくれる友達がいることはありがたいし、もちろん迷惑はしていない。特にみなみは、昔からいつも私の心配ばかりしてくれた。
 そんな彼女がここ最近、やたらと恋愛だの結婚だの言い出したのは、きっと彼女自身の問題なのだろう。
 どうしたものかと頭を抱える、みなみの左手の薬指にはキラリと光るダイヤの指輪。彼女は今年に入って婚約したのだ。大学時代から付き合っている、とても優しそうな彼と。

「みなみ、心配かけてごめんね? でも私にとっては、やっぱり今は仕事が一番で、恋愛もなんて器用なことできないんだ」

 これ以上、みなみに気苦労をかけてはいけない。なんとか納得してもらおうと気持ちを伝えると、みなみは小さく頷いた。

「花梨がそこまで言うならもう何も言わない。だから、これは最後のお節介だと思って」
「ん? 何が?」
「この後、彼氏も合流するって言ったでしょ。友達連れて来てもらう約束してるから、一緒に飲むよ!」
「えっ、それは聞いてない! いいよ、そういうの!」
「ごめんね、無理やり。でもその友達が花梨と飲みたいって言ってるらしくて。いい出会いになるかもしれないし、ね?」
「ええ~、まあいいけど……」

 初対面の人と話すことは、仕事でのインスピレーションにも繋がるからわりと好きだ。なんて言ったら、また仕事脳だの怒られてしまいそうだけど。それでも、こうやって紹介のような雰囲気を出されると、変に構えてしまう。
 今から断れるわけもなく、みなみの彼氏たちが来るのを待つのだった。

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