【コミカライズ原作】君とは二度、恋に落ちる〜初めましての彼に溺愛される理由〜

寧子さくら

恋愛とは無縁の女(2)

「あ、社長。昨日も遅くまで仕事してましたね?」

 言いながら、中里ちゃんは自分の目の下をさした。おそらく化粧で隠しきれなかったクマが見えていたのだろう。この歳になると、寝不足がダイレクトに化粧ノリの悪さに影響してしまうから、悩みが尽きない。

「うーん、ちょっとね。やること溜まってて」 
「お疲れ様です。ってことは、テレビ観てないですよね? 昨日『県民TV』の放送だったんですけど」
「あーそうだ! やばい、忘れてた!」

 県民TVとは、毎週日本各地のご当地グルメやイベントなどを紹介する、全国放送の番組である。今回縁があり、その収録に参加することができたので、何とか会社の宣伝をしようと体を張ったわけなのだが、その放送日がどうやら昨日の夜だったらしい。
 放送されるまでは、自分がテレビに出るかどうかも分からなかったため、気にしていたというのに。忘れてしまうとは……情けない。

「……だと思いまして、ちゃんと録画しておきました~!」
「本当!? さすが中里ちゃん! 助かるよ~」
「いえいえ、社長、ばっちり尺取れてましたよ! 会社の宣伝も入ってました!」

 そう言って、中里ちゃんがスマートフォンの画面を見せてくれる。見せてくれた動画は一部でしかなかったが、私が手製の社名入りタスキを肩からかけて、そばを頬張っている姿が映し出されていた。

「ああ、うん……やっぱり後で一人で見るね。何か恥ずかしくなってきた……」
「いえいえ、これは社長の勇姿ですから、誇るべきことです! フルルが全国で宣伝されたんですよ!?」
「そ、そう?」
「はい! それに県民TVの効果か、昨日の売上も伸びてましたし」

 番組の収録は、地元では有名なそばの大食い大会のもの。もちろん私は優勝できるほど大食い体質ではなかったので、人気アニメ『魔法少女カリン』のコスプレをして出場。残念ながら優勝は逃したけれど、見事パフォーマンス賞をもらうことができたのだ。
 アラサーが魔法少女のコスプレまでして体を張ったのだ。賞をもらい、さらには全国にフルルという会社をアピールできたというのだから、私の頑張りも報われた気がした。

「それにしても、社長カリンちゃんのコスプレ似合いすぎです! やっぱり、カリン繋がりで選んだのは正解でしたね」
「あああああ、やっぱりもうやめて! さすがに自分のコスプレ姿見たくないし~! そのうち『フルルの社長痛すぎ』とか言われるかも……」
「いやいや、誰にですか。社長、可愛いですよ? まだまだ魔法少女現役ですから、安心してください!」

 魔法少女現役とは、一体どういう意味なのだろうか。少なくとも中里ちゃんの表情から、それが悪口ではないことだけは分かった。

「お昼休みにでもみんなで鑑賞会しましょうね」
「ええ~……」

 こんな感じでオフィスは毎日賑やかなもので、私はあまり社長らしくないと思う。それでも今いる従業員は、皆慕ってくれていて感謝しかないのだけれど。

「あの、僕も鑑賞したいのは山々なんですが。社長、少しお時間よろしいですか?」
「く、葛巻くん。どうしたの?」

 おそるおそる、私たちの会話を遮ったのは、同じく従業員の葛巻(くずまき)くん。
 ボサボサ頭に眼鏡がトレードマークの彼だが、その素顔は意外にも爽やかなイケメンだったりする。もったいないと言うと、「面倒なんで」と無頓着なのも彼らしい。
 そんな葛巻くんはマーケティング業務をメインに、サイトの売上分析はもちろんのこと、広告やSNSの運用まで、これまた様々な業務を行ってくれている。従業員が少ない上、各々にかかる負担が大きいのはやむを得ないが、誰一人文句を言わずこなしてしまうのだから、本当に優秀な人たちばかりで感謝してもしきれない。
 改めて葛巻くんの方へ体を向けると、彼はノートパソコンの画面を共有しながら話し始めた。

「頼まれていた先週までの売上を分析してみたんですが、横ばいからやや右肩下がりになっていまして……やはりテコ入れしないとまずそうです」
「んーやっぱりそうか。ここ最近伸び悩んでたもんね」
「はい。確かに昨日はテレビでの宣伝効果で伸びてますが、いつまで続くかはわかりませんし、もっと長期的な効果を考えるべきかと。それでテコ入れできそうな箇所を調べてたところ、広告からの流入は問題ないんですが……」

 葛巻くん曰く、サイトへの訪問者の数は問題ないが、そこから購入に至るまでが減ってしまっているとのこと。しかしながら、一度購入まで至ってくれた人のリピート率は高いことから、サイトを訪れて購入するまでの導線が上手く作れていないのでは、ということだった。

「……なるほど。確かにここ最近商品数も多くなってごちゃごちゃしてきたし、見づらいってのはあるかもね」
「今までは商品数も少なく比較的シンプルだったので、余計にそう思います。サイトの利用者の年齢層もあまり若くはないですし、より分かりづらいのかもしれません」
「たしかに……」
「この際ですし、思い切ってサイトのリニューアルを検討しても……と考えているのですが。いかがでしょう」
「うーん、リニューアルって言ってもなあ……」

 改善点があればその都度改善する。小さな会社だからこそ、それくらいのスピード感で仕事をしていかないといけないことは分かっている。
 けれど、ちょうど先週デザイナーの子が辞めてしまい、今新しく募集をかけているところだ。その為、このタイミングでのリニューアルの提案には、すぐには頷けなかった。

「あの、そこでご提案なのですが……クラウドソーシングを利用されてはいかがでしょう?」

 クラウドソーシングとは、インターネット上で不特定多数に業務の依頼をかけられるサービス。一から人材を探して、契約をして……といった、諸々の面倒な工程を省くことができるので、最近は様々な企業でも導入されているらしい。
 私自身も興味はあったけれど、これまで少ないながらに優秀な従業員ばかりだったので、そういったサービスを利用することなくここまでやってこられた。
 しかしながら、人手不足となった今は、手段を選んでいられないことも分かっている。

「……それもアリだね。リニューアル含めてどうするか、後で詳しく話そっか。データ、もう少し見たいから送っといてもらえる?」
「承知しました」

 葛巻くんが言う通り、最近は売上の低迷が続いており、頭を悩ませていた。私以外にも従業員がいる以上、彼らの生活を保障しなければならない。だからこそ、どんなに忙しくて余裕がなくても、頑張らなきゃいけないのだ。私は社長なのだから。

「……よし」

 一人になり、今日のスケジュールを確認すると小さく息をつく。
 今日も今日とて、朝からやることがいっぱいだ。しかも、夜は友人と飲みに行く約束をしてしまった為、タイムリミットは限られている。
 気合を入れ直すと、葛巻くんから送られてきたデータの確認を始めた。

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