ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

12-2

「……羽美の顔真っ赤だな」
「っ、海斗だって真っ赤だからね!」


 はぁはぁと肩で息をしながら海斗から身体を離し、羽美は口先を尖らせた。


「仕方ないだろ。嬉しいんだから。最近ずっと二人の時間取れてなかっ……って、今日何日!?」
「今日? 今日は〜、十九日だけど」


 海斗の赤かった顔が面白いくらいにどんどん青ざめていく。


「か、海斗? どうしたの?」
「まじかよ……ごめん羽美。誕生日過ぎちまった。お祝いしようと色々考えてたのに」


 海斗は頭を抱えて、ガシガシと掻き乱した。


「お、覚えててくれたの?」


 羽美はうつむく海斗の顔を嬉しそうに覗き込む。


「い、いや。履歴書で誕生日だったこと確認して、仕事定時で終わらせてデートしようと考えてたんだよなぁ」


 海斗はバツが悪そうに小さな声で言った。覚えていないのは無理もない。記憶を取り戻す前の話だ。記憶を取り戻す前なのに、自分の誕生日を祝おうと思ってくれている事がなりより羽美は嬉しかった。


 羽美はふふっ、と小さく笑い、海斗をぎゅっと包み込むように抱きしめた。


「嬉しい。ありがとう。退院したら一緒にお祝いしてくれる?」
「当たり前だろう。毎年祝うって約束してたのに、ごめんな」
「……ううん、本当に思い出したんだね」


 羽美は海斗の顔を覗き込んだ。


「あぁ。思い出したよ。羽美のことも……母親のこと、も」


 だんだ小さくなっていった海斗の声。最後の言葉はかすれすぎていて辛うじて聞こえるくらいだった。


「海斗……」
「最近さ、妙に変な夢ばっかり見てて全然眠れてなかったんだ。身体も脳も疲れ果てて、なかなか羽美と一緒に過ごすことが出来なかった。その夢がまさか自分の母親を見つけた時の記憶だったなんてな。驚いたよ」


 ヘラっと笑う海斗。また無理して笑っていた。


「海斗……ごめ……」


 自分が駆け落ちをしようと言い出さなければ最悪の自体は免れたのかもしれない。羽美は罪悪感で胸がいっぱいになり、海斗の顔が見れず顔を横に逸した。


「羽美、こっちむいて?」
「……」
「羽美」


 低くて力強い声に驚き、羽美はゆっくりと海斗のほうに顔を向けた。
 

「羽美はなんにも悪くない。母親が弱くて、俺も弱かっただけ。弱かった俺を強くしようとしてくれたのは羽美だけだった。俺はあの日、駆け落ちしたことは全く後悔してないよ。ただ、羽美の家族のことが心配で家に帰ろうって言っちゃったけど、本当はあのまま羽美と二人で逃げたかった」
「かい、と……」


 海斗はエスパーなのだろうか。羽美の気持ち全てをお見通しで、欲しかった言葉以上のものをくれる。


「羽美、おいで」


 海斗は点滴の繋がっていない左手でぐいっと羽美を引き寄せた。海斗の胸元に頬がつき、海斗の生きている証である心臓の音がよく聞こえる。ドクドクドク、と早いスピードで動いていた。その音を直に感じて羽美は嬉しくなり、頬を緩ませた。


「海斗、大好き」
「俺も、好きだよ」
「ふふっ、嬉しい。本郷さんの時はなかなか好きって言ってくれなかったから」
「あ〜、そうだったっけ? 忘れた」


 下から海斗を見上げる。海斗は気まずそうに苦笑いした。


「あーっ、そういうときだけ忘れたっていいように使わないでくださーい!」
「ははっ、ごめんごめん。少し恥ずかしかったんだよ。でももう大丈夫。これからは羽美が俺にしてくれたように毎日好きって言うから」


 海斗は羽美の頭を撫でながらしっかりと目を合わせてくれた。


「本当?」


 本当だろうと分かっていても言葉にして欲しい。


 海斗は頭を撫でていた手を羽美の頬にゆっくりと下ろしていく。そっと海斗の顔が近づいてきて、耳元で囁いた。


「本当だよ。今だって本当は今すぐにここから抜け出して羽美のことめちゃくちゃ抱きたい」


 甘い、甘い、蕩けてしまいそうな囁き。羽美の身体の熱が急上昇し、身体中の血液が沸騰してしまったよう。火照る身体の疼きを止められない。 


 私も……と羽美が口を開こうとした瞬間、コンコンと病室のドアが鳴り、羽美はハッと扉の方に振り向いた。静かに開いた先には会長夫婦が立っている。会長夫婦も海斗が病院に運ばれてからすぐに駆けつけてくれ、一度家に帰っていたのだ。戻って来た会長夫婦は二人して目を大きく見開き、時が止まったかのように立ち止まっている。


 羽美は慌てて海斗から身体を離した。


「あ、あの、えっと」
「……羽美さん、もしかして」


 会長が喉から絞り出したような声を出した。


 羽美は何も言えず、小さく頷く。すると婦人は両手で口元を押さえポロポロと両頬を濡らした。会長も険しい表情で泣き崩れそうな婦人の肩を抱く。


「……親父、母さん」


 ドアを方を見た海斗は会長夫婦の姿を確認すると眉をひそめ「心配かけてごめん」と呟く。蚊の鳴いたような小さな声が少し震えていた。


「……海斗、無事に目を覚ましてよかった」


 会長のホッとしたような声にはすこし不安が混じっている。コツコツと近づいてきた会長夫婦と海斗はどこか気まずそうに三人で見つめ合った。なんとも言えない気まずい雰囲気。最初に口を開いたのは会長だった。


「……記憶が戻ったのか?」
「……あぁ」


 海斗の一言で会長は眉間に皺を寄せ、婦人は両手で口を押さえている。


「海斗……すまなかった。私らは海斗に本当の事を言わずに嘘をついてしまった。私達は本当の親じゃない。それも、思い出したんだろう?」
「あぁ。かあ、さんの親。二人は俺の祖父母ってこと、だよな」


 不安そうに海斗は会長夫婦を見つめる。会長はぎゅっと目を瞑り、コクンと小さく頷いた。


「そうだ。本当に今まで騙していてすまなかった」


 会長は深く頭を海斗に向かって下げた。婦人も泣きながら「ごめんね」と言いながら頭を下げる。


 海斗は二人を見て「はぁ」と一回、深く、全てを出し切るようなため息をついた。


「親父、母さん、頭をあげて」


 穏やかで優しい声。


 おそるおそる顔をあげた会長夫婦。長年一緒にいる夫婦だからか素振りもよく似ている。羽美は親子三人の話に水をささないようただただ海斗の近くで息をひそめて静かに寄り添っていた。


「親父、母さん。俺は記憶を確かに取り戻した。でも、何も変わらないよ。俺のことを小五からずっと育ててきてくれたのは二人だ。俺は今までも、これからも二人のことを両親だと思ってるよ。それはダメかな?」
「かい、とっ……」


 婦人は泣き崩れ、会長は目を皿のように大きく見開いていた。


「海斗、お前ってやつは……」
「ダメ、なのか?」


 会長は海斗の両肩にガシッと手を置き大きく息をついた。


「いいに決まってるだろう。お前は私達にとって大切な子供なんだから。今までも、これからも。私たちを許してくれて、ありがとう」


 会長の瞳にはゆらゆらと涙がギリギリのところでこぼれないように踏ん張っている。その瞳には嬉しそうに笑う海斗の笑顔がしっかりと映し出されていた。 


 気を使っている笑いでもなく、心の底から笑っている海斗のその笑顔を、この先も自分が一番近くで見ていたい。羽美は三人の和やかな雰囲気を感じながら強く思った。

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