ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜
11-1
冬のひんやり冷たい空気は羽美の脳さえも冷たく冷静にさせてしまう。やっと好きな人と十七年越しに再会し、相手が記憶喪失になっていたというハプニングもあったが、晴れて両思いになることが出来たのだ。幼い頃の記憶がなくても自分のことをもう一度好きになってもらえたよろこびは大きく、これ以上空気を入れたら破裂してしまうのではないかと思うくらい幸せな気持ちがつまりに詰まったパンパンの風船のようだった。
けれど、どうしたのものだろうか。その風船はどこか小さな穴があいているのだろうか。少しずつしぼみ始めていた。
最近、全然二人の時間が取れていない。
「付き合えてもなかなか二人の時間ってのは難しいものね」
羽美は海斗のデスク周りを綺麗にしながらポロッと独り言を言う。恋愛経験0の羽美には比較する恋愛経験もなければ基準も分からない。やはり大きな会社の社長ともなると忙しいのは当たり前だ。それは秘書を勤めている羽美もよく分かっている。分かっているあまりにあまり頻繁にデートには誘えないでいた。
最後に二人で過ごしたのはいつだろう。
(この前、会長夫婦がきた日の夜だからもう一ヶ月くらい前、よね)
海斗の仕事の様子を探りながら、今日なら大丈夫だろうと食事に誘っても「仕事を持ち帰る」と断られ、休日にデートしませんか? と誘っても「用事がある」とことごとく断られ続けていた。いくらポジティブでメンタルが強めの羽美でも誘って断られるたびに少しずつポキ、ポキ、と枝を踏んで折られたように心が折れる。
「やっぱりなんか……避けられてる? もしかして何か思い出したのかな?」
思い当たるふしが有り過ぎる。k街でずぶ濡れになった雨の日、あの日海斗の頭痛の様子がいつもと違った。カタカタと肩を震わせ小さな子がうずくまっているかのようにしばらくの時間、海斗身体を小さくしていた。
それに海斗の家に初めて泊まった日の夜は海斗は悪夢にうなされていた。大丈夫だと嘘をついていることにも羽美は気付いている。けれど海斗からは思い出したとは何も言われていない。ずっと海斗から何かアクションを起こしてくれることを羽美は待ち望んでいたが、あっという間に多忙ゆえ、一ヶ月が経ってしまっていた。
けれど、ここ数日で少しずつ海斗の様子に変化が出始めたことは羽美にもわかるくらい明らかなことだった。顔の色も青白く、血色が悪い。少し痩せたように感じる。
羽美は心配で何度もご飯は食べているのか、ちゃんと寝ているのかと聞いたが海斗は「大丈夫だ」としか言わない。
何かを思い出したか、あるいは……
「やっぱり私のことを好きって気持ちは気の迷いだったとか考え込んじゃってるとか!?」
バンっと海斗のデスクに両手をつき、うめき声をあげそうになったので口をぎゅっと噤んだ。海斗がなにを考えているのかわからない。わからないけれど踏み込みすぎるのは少し怖い。
両思いになって、会長夫婦に会って、お見合いの心配は既になくなったものの、まだまだ不安は拭えなかった。消えては現れて、そしてまた姿を消したと思ったら、むくむくと膨れ上がる。不安とはなかなか消えない厄介なものだ。
「あぁ、そろそろ時間ね」
羽美はキッチンに立ち、コーヒーメーカーのスイッチを押す。タイミングよく社長室のドアが開いた音が聞こえた。
「社長おはようございます。コーヒーです」
羽美は淹れたてのコーヒーを海斗のデスクに置いた。まだ朝一だというのに海斗の目の下にはクマが目立つ。
「ん、大倉おはよう。コーヒーもありがとう」
海斗は力なく笑いコーヒーを一口飲むとパソコンの電源をつけた。いつもどおり、羽美はタブレットを持ち今日の予定を淡々と告げていく。
「今日は十時から役員会議です。それまでに書類に確認サインをお願い致します。K街の戸建て社宅の建築予定間取りも受けとってありますので」
「了解」
「あの、眠れてますか? 顔色が悪いです」
好きな人の体調ほど、きになるものはない。
「あぁ、大丈夫、眠れてるよ」
海斗はヘラっと笑った。よく知っている、海斗の無理している時の笑みに羽美はキリッと心を痛めた。
海斗が自分から甘えない性格なのはよく知っている。他人のことを第一に考え自分のことは二の次。それが海斗の良いところでもある。けれど、同時に短所とも言えるのだ。苦しい思いを抱え込みすぎてしまうところがある。やっと恋人になれたのに海斗は自分に心を開いてはくれないのだろうか。
「そうですか……ならいいんですけど。無理はなさらないでください」
羽美は「失礼します」頭を下げて海斗の元から離れた。
自分ではなにも力になってあげることは出来ないのだろうか。
大雨の日以来海斗が頭痛を訴えることは今の所無い。けれど明らかに衰弱している様子が目に見える。もしかして眠れてないんじゃないだろうか? あの時の悪夢のせい? 自分の居ない時に頭痛が起こり少しずつ記憶を取り戻しているとか? それで避けられているとか?
仕事中とはいえ気になってしまい色々な考えが頭の中をぐるぐる駆け回る。けれど、根掘り葉掘り聞くことによってそれがまた海斗の記憶を刺激してしまうのではないかと思うと、いくら両思いになったとはいえ怖くて聞けない自分が居た。
いつもポジティブに頑張ってきていた羽美も自分の存在を必要としてくれていないように感じ、つい深い溜め息が出てしまう。
「……今日で最後にしよう」
ぼそっと独り言を呟き、ピッとボタンを押す。羽美は海斗とお揃いのマグカップにコーヒーを注いだ。サラサラとスティック砂糖を五本入れ、ミルクを五個入れる。
「うん、甘い」
羽美は元気を出すために激甘コーヒーを身体に流し込んだ。
けれど、どうしたのものだろうか。その風船はどこか小さな穴があいているのだろうか。少しずつしぼみ始めていた。
最近、全然二人の時間が取れていない。
「付き合えてもなかなか二人の時間ってのは難しいものね」
羽美は海斗のデスク周りを綺麗にしながらポロッと独り言を言う。恋愛経験0の羽美には比較する恋愛経験もなければ基準も分からない。やはり大きな会社の社長ともなると忙しいのは当たり前だ。それは秘書を勤めている羽美もよく分かっている。分かっているあまりにあまり頻繁にデートには誘えないでいた。
最後に二人で過ごしたのはいつだろう。
(この前、会長夫婦がきた日の夜だからもう一ヶ月くらい前、よね)
海斗の仕事の様子を探りながら、今日なら大丈夫だろうと食事に誘っても「仕事を持ち帰る」と断られ、休日にデートしませんか? と誘っても「用事がある」とことごとく断られ続けていた。いくらポジティブでメンタルが強めの羽美でも誘って断られるたびに少しずつポキ、ポキ、と枝を踏んで折られたように心が折れる。
「やっぱりなんか……避けられてる? もしかして何か思い出したのかな?」
思い当たるふしが有り過ぎる。k街でずぶ濡れになった雨の日、あの日海斗の頭痛の様子がいつもと違った。カタカタと肩を震わせ小さな子がうずくまっているかのようにしばらくの時間、海斗身体を小さくしていた。
それに海斗の家に初めて泊まった日の夜は海斗は悪夢にうなされていた。大丈夫だと嘘をついていることにも羽美は気付いている。けれど海斗からは思い出したとは何も言われていない。ずっと海斗から何かアクションを起こしてくれることを羽美は待ち望んでいたが、あっという間に多忙ゆえ、一ヶ月が経ってしまっていた。
けれど、ここ数日で少しずつ海斗の様子に変化が出始めたことは羽美にもわかるくらい明らかなことだった。顔の色も青白く、血色が悪い。少し痩せたように感じる。
羽美は心配で何度もご飯は食べているのか、ちゃんと寝ているのかと聞いたが海斗は「大丈夫だ」としか言わない。
何かを思い出したか、あるいは……
「やっぱり私のことを好きって気持ちは気の迷いだったとか考え込んじゃってるとか!?」
バンっと海斗のデスクに両手をつき、うめき声をあげそうになったので口をぎゅっと噤んだ。海斗がなにを考えているのかわからない。わからないけれど踏み込みすぎるのは少し怖い。
両思いになって、会長夫婦に会って、お見合いの心配は既になくなったものの、まだまだ不安は拭えなかった。消えては現れて、そしてまた姿を消したと思ったら、むくむくと膨れ上がる。不安とはなかなか消えない厄介なものだ。
「あぁ、そろそろ時間ね」
羽美はキッチンに立ち、コーヒーメーカーのスイッチを押す。タイミングよく社長室のドアが開いた音が聞こえた。
「社長おはようございます。コーヒーです」
羽美は淹れたてのコーヒーを海斗のデスクに置いた。まだ朝一だというのに海斗の目の下にはクマが目立つ。
「ん、大倉おはよう。コーヒーもありがとう」
海斗は力なく笑いコーヒーを一口飲むとパソコンの電源をつけた。いつもどおり、羽美はタブレットを持ち今日の予定を淡々と告げていく。
「今日は十時から役員会議です。それまでに書類に確認サインをお願い致します。K街の戸建て社宅の建築予定間取りも受けとってありますので」
「了解」
「あの、眠れてますか? 顔色が悪いです」
好きな人の体調ほど、きになるものはない。
「あぁ、大丈夫、眠れてるよ」
海斗はヘラっと笑った。よく知っている、海斗の無理している時の笑みに羽美はキリッと心を痛めた。
海斗が自分から甘えない性格なのはよく知っている。他人のことを第一に考え自分のことは二の次。それが海斗の良いところでもある。けれど、同時に短所とも言えるのだ。苦しい思いを抱え込みすぎてしまうところがある。やっと恋人になれたのに海斗は自分に心を開いてはくれないのだろうか。
「そうですか……ならいいんですけど。無理はなさらないでください」
羽美は「失礼します」頭を下げて海斗の元から離れた。
自分ではなにも力になってあげることは出来ないのだろうか。
大雨の日以来海斗が頭痛を訴えることは今の所無い。けれど明らかに衰弱している様子が目に見える。もしかして眠れてないんじゃないだろうか? あの時の悪夢のせい? 自分の居ない時に頭痛が起こり少しずつ記憶を取り戻しているとか? それで避けられているとか?
仕事中とはいえ気になってしまい色々な考えが頭の中をぐるぐる駆け回る。けれど、根掘り葉掘り聞くことによってそれがまた海斗の記憶を刺激してしまうのではないかと思うと、いくら両思いになったとはいえ怖くて聞けない自分が居た。
いつもポジティブに頑張ってきていた羽美も自分の存在を必要としてくれていないように感じ、つい深い溜め息が出てしまう。
「……今日で最後にしよう」
ぼそっと独り言を呟き、ピッとボタンを押す。羽美は海斗とお揃いのマグカップにコーヒーを注いだ。サラサラとスティック砂糖を五本入れ、ミルクを五個入れる。
「うん、甘い」
羽美は元気を出すために激甘コーヒーを身体に流し込んだ。
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