ショートケーキは半分こで。〜記憶を失った御曹司は強気な秘書を愛す〜

森本イチカ

1-3

 お互い交互に食べていたらあっという間にショートケーキを食べ終えてしまった。


「美味しかった。海斗本当にありがとう」
「ううん、大人になったら大きいホールケーキを買うからね。来年はまだ小さいケーキだけど、一緒に食べよう」
「ふふっ、楽しみだな〜!」


 足をぶらぶらさせながらしばらく二人で肩を寄せ合い、穏やかな冬の海を眺めた。ケーキを食べているときは気づかなかったが海風にのって潮の匂いがしてくる。もう当たりは絵の具で塗りつぶしたように真っ黒で、数少ない街灯の明かりが羽美と海斗を照らしていた。寒いし、そろそろ動かないと……そう羽美が思った瞬間、海の向こう側がぱぁっと急に明るく光ったのだ。


「え!? 今光ったよね?」
「うん、僕も光ったような気がした」


 なんだろう? としばらく見ているとドォンと小さな音が聞こえ、少しするとまた、海の向こう側が綺麗に光ったのだ。一度目はしっかり見ていなかったので気づかなかったが、冬には珍しい打ち上げ花火だった。まるで暗闇の中、俯きかけていた羽美を励ますかのように、上を向いて! と言われたように感じた。


「羽美! 小さいけど花火だよ!」
「だよね! 綺麗だなぁ〜。冬に花火が見れるなんて私達ラッキーだね」


 打ち上げている場所が遠いのであろう、目に見える花火は手のひらで掴めそうなほど小さくて、遅れてくる音も聞こえる時と聞こえない時がある。それでも花火はとても綺麗で小さな二人の目には赤や青、黄色に緑にピンクにと色鮮やかに鮮明に、大きく映っていた。


「あ〜あ、もう終っちゃたや。どこの花火大会だったんだろう、また来年も見たいね」
「だね、来年は調べて会場に見に行きたいな。羽美と一緒に」
「あ、当たり前だよ! 私だって海斗と行く気満々だったからね」


 海斗は海を見ながら「嬉しいな」と小さく呟いた。


「海斗、花火も終っちゃたし、今日寝られる場所探さないとやばいよ。もう凄く寒いし」 
 

冬の花火という軌跡の光に当てられて温かな気持ちになっていたが現実は寒さで身体が震えだす十一月下旬だ。どんどん小さな身体から冬は容赦なく熱を奪っていく。


「うん、でももう少しだけここにいてもいい?」
「いいけど、なんで?」


 寒いし、暗いし、この先のことを考えている羽美は少し焦り始めてきていたのに対して、海斗はなぜだか落ち着いているように見える。
 また、海斗が少し大人に見えた気がした。


「なんだかこの場所が凄く落ち着くんだ。羽美と一緒にいると凄くホッとする。なんていうのかな、羽美が僕の隣に居てくれることが当たり前じゃないのに、当たり前みたいにフットするというか……って自分で言ってて訳わからなくなってきたや」
「な、なにそれっ。波の音がいいんじゃない? 確かテレビで癒やし効果があるとか、ないとか〜忘れた!」
「確かに癒やし効果なのかも。そっか〜、だから僕は羽美と一緒にいると安心した気持ちになれるのかな」
「なんで? 海関係ないよね?」
「だって、羽美って名前がもう海と同じ響きだから。妙に納得できちゃったよ」
「本当だ! 気にしたことなかったけど、羽美、海、確かにそうだよね」


 新しい発見をしたように嬉しい気持ちになり羽美と海斗は声を出して笑いあった。


「羽美」


 笑い終えた海斗はまた大人みたいなキリッとした顔を羽美に向け、まだ笑っていた羽美も自然と表情が固くなった。


「えっと、私のことじゃなくて目の前の海のこと、だよね?」


 違うと分かっていながらも、羽美は明るく聞いてみせたが海斗は依然と表情を変えず横に首を振った。


 長年一緒に居たからか、海斗の少しの変化にも気づいてしまい心臓がざわめき出す。なにか、海斗が嫌なことを言いそうな予感がして、怖い。


「な、に?」


 声が硬くなる。


「そろそろ帰ろっか。家に」


 防波堤からぴょんっと飛び降りた海斗は羽美にも降りてくように手を差し伸べた。確かにさっきコンビニで時間を見たときはすでに夜の七時を回っていたので小学生の子どもには遅すぎる時間だ。それでも帰るなんて選択肢のなかった羽美は海斗の差し伸ばす腕の中には飛び込まない。


「なに、言ってるの?」


 震えそうになる声を羽美は喉に力をいれ、真っ直ぐに出した。


「いいんだ。僕はもう十分だから。羽美が僕を心配してここまでしてくれたことが凄い嬉しかったし、本当に駆け落ちできたらいいなって思ったよ」


 下から見上げてくる海斗の表情は少し悲しげで、なにかを諦めているような力ない顔でくしゃっと笑ってみせた。けれど羽美は知っている。この顔の意味を。いつも大丈夫なはずがないのに大丈夫と自分に海斗は言い聞かせているのだ。ここで自分が折れたら海斗はまた身体に、心に、傷が増えてしまう。それだけは絶対に嫌だ。守りたい、海斗を。


「嫌だ!!! 絶対に帰らないよ。このまま逃げるんだから!」


 羽美は大声をあげた。泣き叫ぶような大声が穏やかな波の海にキーーンっと響き渡る。


「羽美の気持ちはよく分かったから、とにかくおいで」


 羽美を諭すように海斗は両手を開いて優しく微笑む。羽美に「受け止めてあげるから」と待ち構えていた。最初は海斗の胸の中に飛び込むことを躊躇したがいつまで経っても海斗は両手を開いたまま羽美のことを見つめて待ち続けている。羽美も頑固だが、海斗も意外と頑固なところがあった。海斗の顔を見れば一目瞭然だ。きっと羽美が折れない限り海斗は腕が痺れるまで広げ続けるだろう。どうしようか迷った末に羽美は勢いよくジャンプして海斗の腕の中に飛び込んだ。あまりにも勢いが良すぎたのか、そのまま海斗は羽美を抱きしめて後ろにドスンっと尻もちを着いた。


「ははっ、羽美の勢いがすごすぎて耐えられなかったよ」
「なっ! ちゃんと受け止めてよね! バカ!」
「ん、ごめんごめんって」


 海斗は自分の身体に乗りかかっている羽美をぎゅっと抱きしめた。その腕が、指先が、吐息が震えていることに気づいた羽美は何も言わずに海斗の背中に腕を回し、海斗に負けないくらいの強さでぎゅっと抱きしめた。なんだか海斗がばらばらになってしまいそうな気がして、怖くなった。羽美は海斗の身体をかき集めるかのように何度も何度も抱きしめなおす。着ている服を通り越して海斗の体温が伝わってくるくらい二人は抱きしめ合い、お互いの肩に顔を埋めた。

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