恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
公開告白(1)
同居を解消して、あっという間に二週間ほどが経過した。時間の流れの速さから、啓さんと過ごした日々がいかに濃い毎日だったかを実感する。
会議室で会った日以来、彼とは一度も話す機会はなかった。オフィスで遠目から見かけることはあったけれど、仕事で関わることもないし、プライベートでは尚更だ。
私たちの接点はもともと、会社の社長と部下。それ以上でも以下でもない。
あの三週間の出来事はきっと夢だったのだ。そう思い込んでしまうのが、今の私には一番楽だった。
啓の家を出た後、ぽっかり空いた胸の穴を埋めるため、仕事に奔走する日々を送っていた。しかしながら、支店にいた時のように何でも仕事を受けるわけではなく、程よく息抜きをしながらできていることは、私の中で大きな成長だった。
「うん、いいね。今度の企画会議に出してみようか」
「本当ですか? ありがとうございます!」
以前、マネージャーから企画のフィードバックを受けた後、何度かブラッシュアップを重ねた。そして今日、ついに通ったのだ。
具体的な内容としては、会員へのファッションアドバイスやデートコースの提案などを、会社側がすべて受け持つというものだ。もちろん、実際にマッチングした相手の好みを考慮した上でのアドバイスになる為、完全オーダーメイド。
実は、会員の中にはいくらスペックが高くても、恋愛経験があまりないという人が少なくない。そんな人たちへ有料で手厚いサービスを行うというのが、今回の狙いだった。
まだ提案の段階故、どこまで実装されるかは分からないが、こうして好感触なフィードバックを得られることで、自信に繋がる。
自席に戻って小さくガッツポーズをすると、松園さんが近寄ってきた。
「姫松さんよかったですね~。詰めていく段階で困ったら声をかけてくださいね~」
「はい、ありがとうございます」
松園さんは相変わらず緩い雰囲気だが、いつ話しても癒される。そして一緒に仕事をしていくうちに、誰よりも仕事ができて、チームリーダーになるべくしてなった人材だと感じさせられた。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか~」
「あ、説明会ですよね」
周りを見ると、人がまばらにオフィスを出て行く姿が見えた。
今日は年に数回ある、会社の方針説明会の日だ。オンラインで視聴したことはあるが、本社に来てその場に参加するのは初めてで少し緊張してくる。もちろん、私が発言することは何もないのだけれど。
最低限の荷物を持つと、松園さんの後を追ってオフィスを後にした。
説明会の会場は、オフィスビルの一角。レンタルホールを借りており、みんなが集まると、程なくして説明会が開始された。
聞き逃さないようにしようと集中していると、前方に社長挨拶で啓さんが現れドキッとする。こうして彼を見るのは久しぶりで、気持ちがまたぶり返しそうになってしまう。
必死に気持ちを抑えると、彼の話に耳を傾けた。
次々とスクリーンの画面が切り替わり、前期までの売り上げと、次期の予算や目標、そしてミドウフィオレとの資本業務提携の話が発表される。
一通りの説明を終えると、今度はスクリーンが切り替わり、『新規サービスの導入』のタイトルが浮かび上がった。
これって……。
『この度以前から話題にあがっていた、遺伝子マッチンのシステムを導入することになりました』
マイク越しで、彼がシステムについての概要を分かりやすく説明する。具体的なサービスの内容、ローンチまでのスケジュールの目途を説明し終わると、また画面が切り替わった。
『今回の導入にあたって、実際に相性が高い者同士が一緒に衣食住を共にしたらどうなるのかについて、私自身が試験を行いました。次にその結果をお見せします』
社長自ら試験を行ったことに加え、その内容がスクリーンで公開され、みんながヒソヒソと話し始める。
「社長が誰かと同居してたってこと?」
「え、すごくないですか?」
もちろん相手が社員であること等は一切伏せられているが、バレてしまいそうな気持ちでヒヤヒヤとさせられる。
画面には、食の好みから容姿の好み、そして生活ペースや会話のテンポなど、様々な角度から相性を診断したであろうグラフが映し出されている。たまに相性チェックリストなどを使用して質問し合う以外は、何気なく過ごしていたけれど、彼は私との相性をこんな風に数値化していたのかと思うと、「さすが」の一言で。同時に、思っていた以上に相性が良いことが数値化されていて、また胸が締め付けられた。
すべての説明を終えたあと、啓さんはしばし黙り込む。これで終わりかと思えたが、おもむろに口を開いた。
『……ここからは私の感想になります。正直、半信半疑で進めた試験でしたが、相手の方とここまで相性が良いとは思わず驚きました。試験は二週間ほどで、同居はとっくに解消していますが……私自身も確実に彼女に惹かれていた。柄にもないことを言うと、これが運命なのかと感じるほどでした』
「っ……」
告白にも思える社長の発言に、周りがざわつき始める。
『今回のシステム導入で、成婚率が上がることは確実です。元々結婚相談所Fatumの由来は、ラテン語で運命、という意味をとってつけたものです。今回のシステム導入で会員の運命の相手をマッチングさせるべく、これからも皆さんの力を貸してください。以上です』
いつもの如く淡々とはしていたが、啓さんは最後に小さく微笑み、マイクを置いた。
「社長ってああいうこと言うんですね……」
「何か雰囲気変わりましたよね」
「遺伝子検査って、もしかして健康診断のときのやつだったり……? 相手誰なんだろ……」
みんな試験のことが気になるのか、ざわめきは未だ残っていたが、司会の注意によって再び静寂が訪れる。
今の話は単純に効果を誇張する為に言ったのか、それとも本心なのか……。啓さんの考えていることは、やっぱり分からない。
その後も各事業の業績や今後の事業展開まで、一時間半に渡り様々な発表がされたけれど、ちっとも頭には入ってこなかった。
会議室で会った日以来、彼とは一度も話す機会はなかった。オフィスで遠目から見かけることはあったけれど、仕事で関わることもないし、プライベートでは尚更だ。
私たちの接点はもともと、会社の社長と部下。それ以上でも以下でもない。
あの三週間の出来事はきっと夢だったのだ。そう思い込んでしまうのが、今の私には一番楽だった。
啓の家を出た後、ぽっかり空いた胸の穴を埋めるため、仕事に奔走する日々を送っていた。しかしながら、支店にいた時のように何でも仕事を受けるわけではなく、程よく息抜きをしながらできていることは、私の中で大きな成長だった。
「うん、いいね。今度の企画会議に出してみようか」
「本当ですか? ありがとうございます!」
以前、マネージャーから企画のフィードバックを受けた後、何度かブラッシュアップを重ねた。そして今日、ついに通ったのだ。
具体的な内容としては、会員へのファッションアドバイスやデートコースの提案などを、会社側がすべて受け持つというものだ。もちろん、実際にマッチングした相手の好みを考慮した上でのアドバイスになる為、完全オーダーメイド。
実は、会員の中にはいくらスペックが高くても、恋愛経験があまりないという人が少なくない。そんな人たちへ有料で手厚いサービスを行うというのが、今回の狙いだった。
まだ提案の段階故、どこまで実装されるかは分からないが、こうして好感触なフィードバックを得られることで、自信に繋がる。
自席に戻って小さくガッツポーズをすると、松園さんが近寄ってきた。
「姫松さんよかったですね~。詰めていく段階で困ったら声をかけてくださいね~」
「はい、ありがとうございます」
松園さんは相変わらず緩い雰囲気だが、いつ話しても癒される。そして一緒に仕事をしていくうちに、誰よりも仕事ができて、チームリーダーになるべくしてなった人材だと感じさせられた。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか~」
「あ、説明会ですよね」
周りを見ると、人がまばらにオフィスを出て行く姿が見えた。
今日は年に数回ある、会社の方針説明会の日だ。オンラインで視聴したことはあるが、本社に来てその場に参加するのは初めてで少し緊張してくる。もちろん、私が発言することは何もないのだけれど。
最低限の荷物を持つと、松園さんの後を追ってオフィスを後にした。
説明会の会場は、オフィスビルの一角。レンタルホールを借りており、みんなが集まると、程なくして説明会が開始された。
聞き逃さないようにしようと集中していると、前方に社長挨拶で啓さんが現れドキッとする。こうして彼を見るのは久しぶりで、気持ちがまたぶり返しそうになってしまう。
必死に気持ちを抑えると、彼の話に耳を傾けた。
次々とスクリーンの画面が切り替わり、前期までの売り上げと、次期の予算や目標、そしてミドウフィオレとの資本業務提携の話が発表される。
一通りの説明を終えると、今度はスクリーンが切り替わり、『新規サービスの導入』のタイトルが浮かび上がった。
これって……。
『この度以前から話題にあがっていた、遺伝子マッチンのシステムを導入することになりました』
マイク越しで、彼がシステムについての概要を分かりやすく説明する。具体的なサービスの内容、ローンチまでのスケジュールの目途を説明し終わると、また画面が切り替わった。
『今回の導入にあたって、実際に相性が高い者同士が一緒に衣食住を共にしたらどうなるのかについて、私自身が試験を行いました。次にその結果をお見せします』
社長自ら試験を行ったことに加え、その内容がスクリーンで公開され、みんながヒソヒソと話し始める。
「社長が誰かと同居してたってこと?」
「え、すごくないですか?」
もちろん相手が社員であること等は一切伏せられているが、バレてしまいそうな気持ちでヒヤヒヤとさせられる。
画面には、食の好みから容姿の好み、そして生活ペースや会話のテンポなど、様々な角度から相性を診断したであろうグラフが映し出されている。たまに相性チェックリストなどを使用して質問し合う以外は、何気なく過ごしていたけれど、彼は私との相性をこんな風に数値化していたのかと思うと、「さすが」の一言で。同時に、思っていた以上に相性が良いことが数値化されていて、また胸が締め付けられた。
すべての説明を終えたあと、啓さんはしばし黙り込む。これで終わりかと思えたが、おもむろに口を開いた。
『……ここからは私の感想になります。正直、半信半疑で進めた試験でしたが、相手の方とここまで相性が良いとは思わず驚きました。試験は二週間ほどで、同居はとっくに解消していますが……私自身も確実に彼女に惹かれていた。柄にもないことを言うと、これが運命なのかと感じるほどでした』
「っ……」
告白にも思える社長の発言に、周りがざわつき始める。
『今回のシステム導入で、成婚率が上がることは確実です。元々結婚相談所Fatumの由来は、ラテン語で運命、という意味をとってつけたものです。今回のシステム導入で会員の運命の相手をマッチングさせるべく、これからも皆さんの力を貸してください。以上です』
いつもの如く淡々とはしていたが、啓さんは最後に小さく微笑み、マイクを置いた。
「社長ってああいうこと言うんですね……」
「何か雰囲気変わりましたよね」
「遺伝子検査って、もしかして健康診断のときのやつだったり……? 相手誰なんだろ……」
みんな試験のことが気になるのか、ざわめきは未だ残っていたが、司会の注意によって再び静寂が訪れる。
今の話は単純に効果を誇張する為に言ったのか、それとも本心なのか……。啓さんの考えていることは、やっぱり分からない。
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