恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

芽生えた気持ち(4)

「カンパーイ!」

 グラスが合わさり、軽快な音が響き渡る。その場の人たちと何回かグラスを合わせた後で、仕事終わりのビールを煽った。

「みんな月曜から飲み過ぎないようにね~」
「はーい」

 さすがに週の初めから飲み過ぎると、残りが辛い。みんなそれを理解しているのか、ほどほどにと飲み始めたのだが……。

 飲み会が始まり早一時間。既に数名が出来上がってしまっていた。

「いや~でも、姫松さん可愛くない? 本当に彼氏いないの?」
「いませんよ!」

 中でも一番酔っぱらっていたのは滝沢さんで、私の隣を陣取ってはいろんな質問をされていた。

「嘘だー信じられないー、じゃあ好きな人は?」

 好きな人、好きな人……。

「……いないです」
「今間が合ったよね!?」
「いえ、気のせいです」

 滝沢さんはいつの間にか敬語がとれ、友達のように絡んでくる。私自身もそこまで酔ってはいないものの、お酒でいつもより饒舌になっていた。

「ちなみに姫松さんは、どんな人がタイプなの?」
「ええ、タイプですか? うーん、どうだろう……」

 今まで告白されて付き合うパターンが多かったため、改めて聞かれると戸惑ってしまう。
 以前啓さんに指摘された通り、自分から好きになった経験はないかもしれない。それでも聞かれた以上何か答えなくてはと、言葉を絞り出す。

「人として尊敬できて……仕事とかも含めて、何かに一生懸命な人がいいですね」
「うんうん、それから? 見た目は? 身長とか」
「見た目は……身長が高い人と付き合うことが多かった気がします。 顔は……どうなんでしょう。顔のタイプを説明するのは難しいですけど、しいて言うならスーツが似合う人とか……?」
「お、俺!?」

 滝沢さんが自分自身を指さしたところで、松園さんが彼の頭をスパンと叩いた。

「滝沢くん飲み過ぎですよ! それを言うなら社長がぴったりじゃないですか~?」
「え!?」
「ほら社長は私たちと違ってほとんどスーツですし。着こなしもお洒落ですよね~」
「えっと、そうでしたっけ?」

 自分でも無意識に、啓さんの特徴をあげていたことに驚きを隠せない。慌ててはぐらかすけれど、松園さんは「社長はかっこいいから仕方ないですよ~」といつもの緩いテンポで笑った。

「くそ……やっぱりあの男前には勝てないか……無念」

 滝沢さんは本気で落ち込んでいるのか、さらにビールを煽ってガクンと肩を落とす。しかしすぐに切り替えて、啓さんの話を始めた。

「でも社長って浮いた話ないっすよね? 独身ってのは知ってるけど」
「そう、なんですね」
「そうそう。あの感じだからプライベート謎過ぎて逆に気になるっていうか」

 一緒に住んでいる身としては、変なことを言って墓穴を掘らないようにしたい。
 ここは当たり障りなく、相槌を打っておこう。

「そうでもないみたいですよ~。実はお見合いをするらしいって話を聞いちゃいまして」
「ええっ」

 あまり会話に参加しないように聞き流していたが、松園さんの言葉に思わず声が裏返ってしまった。

「あ、やっぱり興味あります~?」
「いえ、びっくりして……」
「松園さん詳しく!」

 そんな話は一度も聞いたことがない。滝沢さんも興味津々に身を乗り出して、松園さんの言葉を待っている。
 彼女は「ここだけの話」と付け足して話し出した。

「大学の友人にミドウフィオレでデザイナーやってる子がいるんですけど……」
「え、ミドウフィオレって今資本業務提携進めてるドレス会社っすよね?」
「まさにそこの女社長と社長が婚約しちゃうんじゃないかって話ですよ~」
「え、何それ面白そう!」

 松園さん曰く、ミドウフィオレの女社長は啓さんのことを気に入ってるらしく、彼女の父親であるミキウウェディングの社長から直々に縁談の話を持ち掛けているとのこと。婚約の暁には、ミキウェデングからの出資があると噂されているらしい。

「えっそれって政略結婚ってことすか!?」
「どうなんだろ~? 今うちもウェディング事業に手出してるし、その可能性は高そうだけど~」
「まーたしかに。社長なら会社のために政略結婚くらいなんてことなさそうだし」
「うんうん~。しかも美人さんだし、お似合いですよね~」
「あ……」

 松園さんの話に、以前ミドウフィオレの社長と思われる人物が、オフィスを尋ねて来たことを思い出す。
 確かに、とても美人だった。美人で、社長で、社長令嬢で……完璧な女性。啓さんのような、完璧な男性とはよくお似合いだ。

「くー羨ましい! ってか、相変わらず松園さんの情報網やばくないすか!? さすが情報屋!」
「ふふふ~」

 二人が楽しく盛り上がっている横で、私の心はざわつき始めている。
 すべてが真実ではなくても、火のない所に煙は立たない。それに一社員である私にそんなことを話す必要はないのだから、聞いたことがなくて当然だ。
 今の話が本当だとして、確か彼は以前、将来的にウェディング事業も大きくしたいと言っていた。ドレス会社との業務提携だけでなく、大手ウェディング会社からの協力を得られれば、うちの会社DEAMとしても、事業拡大の大きな足掛かりになることは間違いない。そしてこんなチャンスを、啓さんが断る理由を探す方が困難に思えた。
 彼が恋人を作らないと言っていた理由は、仕事が優先だから。つまり、仕事に理解がある同じ経営者であれば、問題ないのではないか。
 だとしたら……。

「姫松さん、どうかしました~?」
「い、いえ何でもないです」

 歓迎会中なのだから、これ以上考えるのはやめよう。
 手元のグラスのお酒を一気に煽ると、気持ちを切り替えて、みんなの輪へと戻った。

 

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