恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

初めてのデートと二度目の×××(4)

 食事の後、自宅に帰ると思われたが、到着したのは近くのホテル。一緒に眠るのであれば自宅のベッドは狭いだろうと、啓さんなりに気を使ってくれたようだが、私にとっては慣れない環境に余計に緊張してしまった。先ほどまで飲んでいたお酒も、どこかへ飛んで行ってしまうほど。
 彼が取ってくれたのはオーシャンビューの部屋だったが、あいにく外は真っ暗な海。改めて彼と二人きりの状態で手持無沙汰になり、暗闇を眺めていると、ガラス越しに彼が近づいてきた。

「先、風呂入るか?」
「あ、でしたら啓さんが」
「いや、俺は後でいい」
「ですが、昼間濡れていますし……」

 乾いたとはいえ、海水を浴びているのは気持ち悪いだろう。頑なに遠慮する私に、彼は少し考えるそぶりを見せる。
 そして冗談とも本気とも捉えられる調子で、提案した。

「せっかくだし一緒に入るか?」
「え!? いえ、それはさすがに……」
「風呂なんて今更だろう」

 そう言われてしまえばそうなのだが、お風呂はまた事情が異なってくる。なぜかベッドの上よりも、丸裸にされてしまう気がして。

「これも俺がしたいことのひとつ、ってことで。どうだ?」
「さっきからその言い方は……ずるいです」

 したいこと、と言われれば私には断るすべはない。

「職業柄、誘導するのは得意だからな」

 やはり彼は意地が悪い。また彼に振り回されているのを感じながら、風呂場へと向かった。




 部屋についていた風呂は、あろうことか広いジャグジーだった。
 ガラス張りの窓からは一面、海が見渡せて開放的だ。と言っても、こちらも真っ暗で何も見えないのだけれど。
 先にシャワーなどを済ませ、一人大きすぎる浴槽に浸かっていると、着替えを終えた啓さんが入ってきた。

「思ったよりも広いな」

 自分で広いと言ったばかりなのに、私のそばに腰を下ろす。
 ……やはり、この状況はやはり変だ。
 ただ単に一緒に住んでいるだけの男女が、一緒にお風呂に入るなんて。そもそも、キスもその先のことも済ませている、ということは置いておいて。
 明るすぎる浴室で、啓さんを直視できないでいると、「こっち向かないのか」と彼が寂しそうに笑い、私の腕を引いた。
 そちらを見ないのは恥ずかしいからだけじゃない。なぜなら――

「……化粧を落としてしまったので」

 これから一緒に寝るのなら、化粧をしたまま寝るわけにはいかない。家の中でスッピンで出くわしたことは何度かあるけれど、この距離感で、この明るさで目を合わせるのは訳が違う。

「何を今更」

 言いながら、少し強引に啓さんの方に回転させられる。目が合うと「化粧しなくても綺麗だ」とストレートな誉め言葉を浴びさせられた。
 躊躇いもなく告げられたので、何だか照れくさくて、わざと唇を尖らせる。

「……啓さんって、強引なところありますよね」
「そうか?」

 強引で、こちらの気も知らず、すぐに思ったことを口にする。これも無自覚なのだろうか。そうであればタチが悪い気がする。
 広い浴槽の中、足と足が絡み合う距離で向き合う。もう少し離れればいいのに。きっとお互いにそうは思っていたかもしれないが、なぜかそれはしなかった。たぶんそれは、触れ合った肌がやけに心地良かったから。

「この一週間、過ごしてみてどうだった?」
「そうですね……。思っていたよりも普通に過ごせています」
「はは、また『普通』か。例えば?」
「ええと……」

 彼と衣食住を共にし、食の好みの違い等、合わない部分はもちろんあった。けれど、それは僅かな差で。大事な価値観などは合うことのほうが圧倒的に多く、今の所とくに大きな問題はない。
 そして、何より――

「正直他人と生活するのは初めてだが、意外と気を使わなくて楽だな」
「そう、それなんです! 私も実は人と暮らすのは初めてで」

 話のテンポ、食事のペース、お互い気を使い過ぎない空気感、何気ない箇所まで。彼とはなぜかそれがぴったりと合っている気がして、とても居心地がよかった。たまに意地悪をされて、緊張したり振り回されたりすることを除いては。

「それから、俺に意見してくるのも、君か七滝くらいだから新鮮だ」
「えっ、そうでしょうか……?」
「無自覚なんだな。まあいつも気使われてばかりだから、そっちの方がいい」
「すみません……」

 はじめは相手は社長だからと思い、遠慮していた自分がいたはずなのに。慣れと言うのは怖いものだ。

「……ついでにもうひとつ。こっちの相性も良い」

 水中で腕が伸びてきて、私の左腕を掴む。そのまま彼の胸元まで引き寄せられると、磁石のように肌と肌がくっついた。

「んっ……」

 蒸気で濡れた前髪がかき分けられ、そっとこめかみに口づけを落とされる。そこから頬、耳たぶ、首筋、鎖骨……彼の唇が這うように降りてきて、反射的にその動きを制した。

「あの、今日は何もしないんじゃ……」
「ベッドの中では、な」
「そんな、あっ……」

 水の中で弱い箇所に触れられると、いつもと違う感覚に微かに声が漏れる。

「嫌ならやめるが」

 そうは言うものの、彼は攻める手を止めてはくれない。私が嫌だと言わない自信があるのか、やめる気など到底ないように思えた。
 何も言わない私に、ふっと口元を緩めると、今度は唇が重なる。
 お湯の温度か、彼の体温か、それともどちらもか。じわじわと体温が上昇していくのを感じながら、互いの火照った体を重ねた。



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