恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
初めてのデートと二度目の×××(3)
軽快な音楽が流れると、飼育員の指示にあわせてイルカが動き、素早い速度で泳ぎ回る。度々芸を見せて楽しませてくれる様子に観客席のボルテージも上がり、瞬きするのも忘れて夢中になった。
ちらりと啓さんを見てみると、彼も感心したように眺めていて、興味がないわけではなかったのだと安心した。
ここ数日で、お互いのことを知る機会は多くあったけれど、それでもほんの一部。彼はどんなものに興味を示し、どんな反応をするのだろう。
もっと知りたくなっている自分に気が付くと、わっと観客席から声があがった。同時に目の前を泳いでいたイルカたちが爽快なジャンプを繰り広げ、水しぶきが私たちの頭上めがけて降ってきた。
「わっ……!」
バシャン、と海水が地面を叩く。瞬間、啓さんが私を覆うように抱き寄せた。
腕が少し濡れたようだ。それよりも、彼の吐息が顔にかかってくすぐったい。
きつく閉じた目をゆっくりと開くと、至近距離で啓さんと目が合った。
「ご、ごめんなさい庇ってもらって……! 濡れてないですか!?」
「少しだけな」
啓さんの右半身には水がかかったあとがあり、びしょ濡れとまではいかないか私よりもだいぶ水がかかっている。急いでハンカチを取り出し拭こうとすると、彼はこらえきれず、噴き出したように笑った。
「まさかデートでこんなに濡れるとは。引かれてる線もまったく当てにならないな」
何が彼のツボに入ったのかは分からない。けれど、今まで見た中で一番の、顔をクシャッとさせた無邪気な笑顔に、胸が鷲掴みにされた気がした。
かっこよくて、でも可愛くて。彼のギャップを見ているのは私だけ。その事実を無性に嬉しく思ってしまう自分がいた。
そして、先ほど仕事でももっと笑ったらどうかと提案した自分を後悔する。なんとなく、彼のこの表情を見られるのは、今の私だけの特権のような気がしたから。
「……どうかしたか?」
「いえ! これ、使ってください」
「ああ、ありがとう。悪いな」
啓さんの言葉に我に返り、ハンカチを渡す。
……私は一体何を考えているんだろう。
彼が濡れた部分をふき取る間、私の胸は彼の笑顔によって未だドキドキと収まることを知らず。気付かれないように、会場に視線を戻した。
水族館を満喫し、ドライブを楽しんだ後、最後にやってきたのは海辺のレストラン。少し早めの夕食に感じられたが、窓いっぱいに広がる夕日に照らされた水面は圧巻で、思わず感嘆の声が漏れた。
「すごい、綺麗ですね……海、久々に来た気がします」
「ああ、俺もだ」
美味しい料理と、それに合わせたお酒。どこまでも贅沢な体験に心も体も満たされていく中、啓さんが話を切り出した。
「今日はどうだった?」
「はい。楽しかったです。息抜きにもなりました」
「それはよかった」
「でも、結局啓さんのしたいことはしてないですよね……」
水族館だって夕飯のイタリアンだって、私がリクエストしたようなもの。行きの車でお互いのしたいことをしようと話し合っていたのに。
私ばかりが楽しんでしまったのでは、と思ったけれどそれは杞憂のようで、彼は首を振った。
「いいんだ。俺も久しぶりに楽しかったから。それに仁菜とは気が合うからな」
優しく微笑まれると、またギュッと胸が鷲掴みにされたような気分になる。
今日はやっぱりおかしい。きっと、この雰囲気のせいだ。デートのようなしっとりした雰囲気に酔っているのだ。
誤魔化すようにもう一口ワインを煽ると、彼は「よく飲むな」とまた小さく笑った。
「すみません、私だけお酒飲んでしまって……」
「気にするな」
啓さんは車の運転があるため、ノンアルコールビールを嗜んでいた。仕方がないことだが、こうして一人でお酒を飲むのは申し訳ないのと、少し寂しくもなる。
「そうだ。帰ったら飲み直しましょうか」
「ああ……いや、今日はいいんだ」
「そうですか……?」
どこか歯切れの悪い様子が気にかかる。首を傾げると、彼は視線を逸らしてから口を開いた。
「実はひとつ試したいことがあって」
「試したいこと、ですか……?」
一体何だろう。また二人の相性に関わる何かだろうか。緊張しながら次の言葉を待っていると、予想の斜め上を行く一言が放たれた。
「今夜は一緒に寝てくれないか?」
「ね、寝る、ですか?」
突拍子のない相談に、飲みかけのワインをせき込みそうになる。寝るというのは、それは――
「変な意味じゃない。何もしないと約束してもいい。ただ俺と同じベッドで一緒に眠ってほしいんだ」
「どういう意味でしょうか……?」
「……七滝から聞いていると思うが、俺の不眠症はもう随分と長くてな。熟睡できることはほとんどないんだ」
お酒を飲んで気を失うことはあっても、いつも布団に入ってもまどろむ程度。しっかり寝たな、と思ったことは不眠症を患ってから一度もないという。
彼の不眠症のレベルは、私が想像していた以上で、毎日朝から晩まで仕事をしている彼は、やはりサイボーグなんじゃないかと思ってしまうほどだった。
「だが、この間君と一緒に酒を飲んだ時、そんなに飲んでいないのに久々に熟睡できたんだ。しかもソファの上だったというのに」
あの時、確かに啓さんは朝まで目を覚まさなかった。しかも彼の言う通り、お酒もそこまで飲んでいなければ、酔っぱらってもいない。
「これはあくまで俺の仮説だが……君と一緒なら眠れるんじゃないか、と」
「わ、私ですか? でも私にはそんな特別な力は……」
「べつにそんな力を期待してるわけじゃない。俺の気持ちの問題かもしれないしな。ただ不眠症にはずっと悩まされてるんだ。だから今夜試してみたい」
おかしな話だが、彼はいつになく真剣だ。
「ですが……」
「じゃあこういうのはどうだ? これが俺がしたいことってことで。それに前は仁菜の試したいことをしただろ。俺の言うことは聞いてくれないのか?」
確かに私は以前、彼に「キスしてほしい」と伝えた。そんなお願いの仕方はずるい。断りようがないじゃない。
「……わかりました。私でよければ」
これ以上断る理由など思いつかず、諦めて頷く。それに、彼と眠ること自体に嫌悪感などなかったから。
「ありがとう」
啓さんは満足そうに微笑んで、料理に口をつけた。
何度かキスをして、一度体まで重ねた仲だ。ただ一緒に眠るだけなど、どうってことないはずなのに、何だか変に緊張したまま残りの食事を楽しんだ。
ちらりと啓さんを見てみると、彼も感心したように眺めていて、興味がないわけではなかったのだと安心した。
ここ数日で、お互いのことを知る機会は多くあったけれど、それでもほんの一部。彼はどんなものに興味を示し、どんな反応をするのだろう。
もっと知りたくなっている自分に気が付くと、わっと観客席から声があがった。同時に目の前を泳いでいたイルカたちが爽快なジャンプを繰り広げ、水しぶきが私たちの頭上めがけて降ってきた。
「わっ……!」
バシャン、と海水が地面を叩く。瞬間、啓さんが私を覆うように抱き寄せた。
腕が少し濡れたようだ。それよりも、彼の吐息が顔にかかってくすぐったい。
きつく閉じた目をゆっくりと開くと、至近距離で啓さんと目が合った。
「ご、ごめんなさい庇ってもらって……! 濡れてないですか!?」
「少しだけな」
啓さんの右半身には水がかかったあとがあり、びしょ濡れとまではいかないか私よりもだいぶ水がかかっている。急いでハンカチを取り出し拭こうとすると、彼はこらえきれず、噴き出したように笑った。
「まさかデートでこんなに濡れるとは。引かれてる線もまったく当てにならないな」
何が彼のツボに入ったのかは分からない。けれど、今まで見た中で一番の、顔をクシャッとさせた無邪気な笑顔に、胸が鷲掴みにされた気がした。
かっこよくて、でも可愛くて。彼のギャップを見ているのは私だけ。その事実を無性に嬉しく思ってしまう自分がいた。
そして、先ほど仕事でももっと笑ったらどうかと提案した自分を後悔する。なんとなく、彼のこの表情を見られるのは、今の私だけの特権のような気がしたから。
「……どうかしたか?」
「いえ! これ、使ってください」
「ああ、ありがとう。悪いな」
啓さんの言葉に我に返り、ハンカチを渡す。
……私は一体何を考えているんだろう。
彼が濡れた部分をふき取る間、私の胸は彼の笑顔によって未だドキドキと収まることを知らず。気付かれないように、会場に視線を戻した。
水族館を満喫し、ドライブを楽しんだ後、最後にやってきたのは海辺のレストラン。少し早めの夕食に感じられたが、窓いっぱいに広がる夕日に照らされた水面は圧巻で、思わず感嘆の声が漏れた。
「すごい、綺麗ですね……海、久々に来た気がします」
「ああ、俺もだ」
美味しい料理と、それに合わせたお酒。どこまでも贅沢な体験に心も体も満たされていく中、啓さんが話を切り出した。
「今日はどうだった?」
「はい。楽しかったです。息抜きにもなりました」
「それはよかった」
「でも、結局啓さんのしたいことはしてないですよね……」
水族館だって夕飯のイタリアンだって、私がリクエストしたようなもの。行きの車でお互いのしたいことをしようと話し合っていたのに。
私ばかりが楽しんでしまったのでは、と思ったけれどそれは杞憂のようで、彼は首を振った。
「いいんだ。俺も久しぶりに楽しかったから。それに仁菜とは気が合うからな」
優しく微笑まれると、またギュッと胸が鷲掴みにされたような気分になる。
今日はやっぱりおかしい。きっと、この雰囲気のせいだ。デートのようなしっとりした雰囲気に酔っているのだ。
誤魔化すようにもう一口ワインを煽ると、彼は「よく飲むな」とまた小さく笑った。
「すみません、私だけお酒飲んでしまって……」
「気にするな」
啓さんは車の運転があるため、ノンアルコールビールを嗜んでいた。仕方がないことだが、こうして一人でお酒を飲むのは申し訳ないのと、少し寂しくもなる。
「そうだ。帰ったら飲み直しましょうか」
「ああ……いや、今日はいいんだ」
「そうですか……?」
どこか歯切れの悪い様子が気にかかる。首を傾げると、彼は視線を逸らしてから口を開いた。
「実はひとつ試したいことがあって」
「試したいこと、ですか……?」
一体何だろう。また二人の相性に関わる何かだろうか。緊張しながら次の言葉を待っていると、予想の斜め上を行く一言が放たれた。
「今夜は一緒に寝てくれないか?」
「ね、寝る、ですか?」
突拍子のない相談に、飲みかけのワインをせき込みそうになる。寝るというのは、それは――
「変な意味じゃない。何もしないと約束してもいい。ただ俺と同じベッドで一緒に眠ってほしいんだ」
「どういう意味でしょうか……?」
「……七滝から聞いていると思うが、俺の不眠症はもう随分と長くてな。熟睡できることはほとんどないんだ」
お酒を飲んで気を失うことはあっても、いつも布団に入ってもまどろむ程度。しっかり寝たな、と思ったことは不眠症を患ってから一度もないという。
彼の不眠症のレベルは、私が想像していた以上で、毎日朝から晩まで仕事をしている彼は、やはりサイボーグなんじゃないかと思ってしまうほどだった。
「だが、この間君と一緒に酒を飲んだ時、そんなに飲んでいないのに久々に熟睡できたんだ。しかもソファの上だったというのに」
あの時、確かに啓さんは朝まで目を覚まさなかった。しかも彼の言う通り、お酒もそこまで飲んでいなければ、酔っぱらってもいない。
「これはあくまで俺の仮説だが……君と一緒なら眠れるんじゃないか、と」
「わ、私ですか? でも私にはそんな特別な力は……」
「べつにそんな力を期待してるわけじゃない。俺の気持ちの問題かもしれないしな。ただ不眠症にはずっと悩まされてるんだ。だから今夜試してみたい」
おかしな話だが、彼はいつになく真剣だ。
「ですが……」
「じゃあこういうのはどうだ? これが俺がしたいことってことで。それに前は仁菜の試したいことをしただろ。俺の言うことは聞いてくれないのか?」
確かに私は以前、彼に「キスしてほしい」と伝えた。そんなお願いの仕方はずるい。断りようがないじゃない。
「……わかりました。私でよければ」
これ以上断る理由など思いつかず、諦めて頷く。それに、彼と眠ること自体に嫌悪感などなかったから。
「ありがとう」
啓さんは満足そうに微笑んで、料理に口をつけた。
何度かキスをして、一度体まで重ねた仲だ。ただ一緒に眠るだけなど、どうってことないはずなのに、何だか変に緊張したまま残りの食事を楽しんだ。
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