恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
初めてのデートと二度目の×××(2)
車を走らせ到着したのは水族館。正直すぐに行きたい場所など思いつかなかったが、『薄暗くて周囲に気付かれづらい場所』という理由で水族館を選択した。
私と違って社長は顔が割れているのだから、いつどこで誰に見られているかわからない。けれど社長は「気にしすぎだ」と鼻で笑ってみせた。
「わあ、綺麗……」
視界いっぱいの水槽で、のびのびと泳ぐ魚たち。どの水槽も見応えがあり、足を止めてはまじまじと鑑賞していると、館内放送でイルカショーの案内が流れ始めた。
「社長! イルカ観に行きましょうよ」
「わかったわかった。今日は何だか子供みたいだな」
「す、すみません。つい……」
水族館だなんていつぶりか分からない。ついはしゃいでしまったことを反省すると、社長が頭をぽんと叩いた。
「休みの日くらい構わない」
「はい……。でも、目立たないようにしますね。一緒にいる所、知り合いに見られたら大変ですもんね」
「そうだな。それならまず、君のその呼び方どうにかしてくれないか?」
「え、呼び方ですか!?」
「社長じゃ目立つだろう」
仰る通りだ。だとすれば、名前で呼べばいいのだろうか。いや、さすがに、それは恐れ多い。
「では、呼ばないように……」
「違う。啓でいい。プライベートは名前で呼んでくれ」
断りたかったけれど、呼んでくれと言われた以上、断るのも躊躇われる。
「わかりました……」
ここは返事だけしておいて、呼ばないように……。
「じゃあ、まずは練習だな」
「え!?」
口角があがっているところを見ると、これはからかわれているのだ。
「そ、それなら社長だって私のこと名前で読んでください」
「構わない。仁菜、でいいか?」
「っ……」
張り合ったつもりが、一瞬で負かされてしまう。社長は、どうだと言わんばかりにこちらを見ていた。
やっぱり意地が悪い人だ。私より八つも年上だというのに、大人げない。
「……啓さん」
覚悟を決めて名前を呼ぶ。たったそれだけなのに、羞恥がこみあげてきて、顔が熱くなった。
「よし。それじゃあイルカでも見に行くか」
そう言って彼は、ごく自然に私の手をとる。
「え、あの……?」
「言っただろ。今日はデートだって」
そのまま何食わぬ顔で繋いだ手の指を絡めとると、先導して進んでいく。傍から見たら恋人同士にしか見えないだろう。
先ほどから振り回されているようで何だか悔しい。けれどその手を振り払うことはできず、黙って彼の隣に並んだ。
イルカショーの会場にやってくると、二人で席を選ぶ。
「この線までは水が飛んでくる可能性があるみたいですよ」
「それなら少し後ろに座るか」
椅子に引かれた赤い線から二つ後ろ。社長改め啓さんと席につくと、始まるまで気持ちをワクワクとさせた。
「イルカ、好きなのか?」
「特別ってわけではないですけど、可愛いじゃないですか。愛嬌があって」
海の生き物だというのに人懐っこく、人間の言うことを聞いてみんなを楽しませてくれる賢さも兼ね揃えているなんて。
「泳ぎ方も独特で可愛いですし」
「まあ分からなくもない。イルカは元々陸の生き物だってことは知ってるか? クジラなんかも同じようなものだが」
「えっ、そうなんですか?」
確かに哺乳類であることは知っていたけれど、それは初耳だった。理由は諸説あるが、豊富な餌を求めたり、外敵から身を守るためだったりと、生きるための進化であったことはかわりない。
愛嬌があって、賢い上に、行動力まであるなんて脱帽ものだ。
「陸の生き物が海で生きようなんて発想はまずしないし、本当に順応してしまうのだからすごい生き物だよな」
啓さんは言いながら、会場へ向けて目を細めた。
なんだか……。
「ちょっと啓さんに似てますね」
「……俺とイルカが?」
気に障ったのか、ありえないというように、少し眉を寄せる。
「良い意味で、ですよ! 社員のみんなも啓さんのこと社長として凄い方だって言ってますし……。起業しようだなんて、みんながみんな思うわけでもないし、これまでもいろんな新しいことを取り入れて来たわけで……」
賢いことはもちろん、たまに愛嬌のある一面を見せてくれるようになった。本人には言えないけれど。
「って、私なんかが偉そうにすみません」
しかもすごく褒め称えてるみたいで恥ずかしい。
「いや、社員の意見を聞く機会もないから新鮮だ。それにしても君は独特な発想をするな」
言いながら、彼の表情はすこぶる穏やかだ。一瞬失礼なことを言ってしまったかと思い、ほっと胸をなでおろした。
「それに、さっき書いてあるの見たんですけど、イルカって完全には眠らないそうですよ」
睡眠時も水面に出て呼吸をするため、左右の脳を半分ずつ休ませ、泳ぎながら寝ているらしい。そんなところも、啓さんらしいといえばそう思えてくる。
「はは、別に俺は不眠症なだけで、働きながら寝てるわけじゃないけどな」
目を細めて、彼がクスクスと笑う表情は、何だか可愛らしくて。
「……もう少し笑った方がいいと思います」
自然とそうこぼしていた。
「あ、いえ……仕事ではあまり笑わないので」
「そうか? あまり意識したことはないんだが」
「え、無意識なんですか!?」
どうやら彼は、自分がいかに無表情であるか自覚がないらしい。
「恐れながら今だから言いますが、最初にお会いした時怖かったですよ……?」
支店で初めて啓さんと面談した際、彼は一ミリも表情を変えず、淡々としていた。二度目、彼の家で会った時だってそうだ。
勢いでカミングアウトすると、彼は驚いたように「すまない」と一言呟いた。
やはり思っていた通り、彼も私と同じかそれ以上に損する性格なのだろう。一緒に暮らさなければ知らなかった彼の一面を、もっとたくさんの人に知ってもらえたらいいのに。
「そういえば……そもそも俺が不眠症であることを君に話したか?」
「えっ? あ、いえ、あの前に倒れた際に七滝さんから……すみません、つい」
「はあ、また七滝か……まあ、あれは仕方ないか。だが前も話したが、俺のことは俺に聞いてくれ。いいな?」
怒っている様子ではなく、ほっとする。どうやら七滝さんが自分の話をするのは面白くないらしい。
頷くとちょうどショーが始まり、一旦話はお開きになった。
私と違って社長は顔が割れているのだから、いつどこで誰に見られているかわからない。けれど社長は「気にしすぎだ」と鼻で笑ってみせた。
「わあ、綺麗……」
視界いっぱいの水槽で、のびのびと泳ぐ魚たち。どの水槽も見応えがあり、足を止めてはまじまじと鑑賞していると、館内放送でイルカショーの案内が流れ始めた。
「社長! イルカ観に行きましょうよ」
「わかったわかった。今日は何だか子供みたいだな」
「す、すみません。つい……」
水族館だなんていつぶりか分からない。ついはしゃいでしまったことを反省すると、社長が頭をぽんと叩いた。
「休みの日くらい構わない」
「はい……。でも、目立たないようにしますね。一緒にいる所、知り合いに見られたら大変ですもんね」
「そうだな。それならまず、君のその呼び方どうにかしてくれないか?」
「え、呼び方ですか!?」
「社長じゃ目立つだろう」
仰る通りだ。だとすれば、名前で呼べばいいのだろうか。いや、さすがに、それは恐れ多い。
「では、呼ばないように……」
「違う。啓でいい。プライベートは名前で呼んでくれ」
断りたかったけれど、呼んでくれと言われた以上、断るのも躊躇われる。
「わかりました……」
ここは返事だけしておいて、呼ばないように……。
「じゃあ、まずは練習だな」
「え!?」
口角があがっているところを見ると、これはからかわれているのだ。
「そ、それなら社長だって私のこと名前で読んでください」
「構わない。仁菜、でいいか?」
「っ……」
張り合ったつもりが、一瞬で負かされてしまう。社長は、どうだと言わんばかりにこちらを見ていた。
やっぱり意地が悪い人だ。私より八つも年上だというのに、大人げない。
「……啓さん」
覚悟を決めて名前を呼ぶ。たったそれだけなのに、羞恥がこみあげてきて、顔が熱くなった。
「よし。それじゃあイルカでも見に行くか」
そう言って彼は、ごく自然に私の手をとる。
「え、あの……?」
「言っただろ。今日はデートだって」
そのまま何食わぬ顔で繋いだ手の指を絡めとると、先導して進んでいく。傍から見たら恋人同士にしか見えないだろう。
先ほどから振り回されているようで何だか悔しい。けれどその手を振り払うことはできず、黙って彼の隣に並んだ。
イルカショーの会場にやってくると、二人で席を選ぶ。
「この線までは水が飛んでくる可能性があるみたいですよ」
「それなら少し後ろに座るか」
椅子に引かれた赤い線から二つ後ろ。社長改め啓さんと席につくと、始まるまで気持ちをワクワクとさせた。
「イルカ、好きなのか?」
「特別ってわけではないですけど、可愛いじゃないですか。愛嬌があって」
海の生き物だというのに人懐っこく、人間の言うことを聞いてみんなを楽しませてくれる賢さも兼ね揃えているなんて。
「泳ぎ方も独特で可愛いですし」
「まあ分からなくもない。イルカは元々陸の生き物だってことは知ってるか? クジラなんかも同じようなものだが」
「えっ、そうなんですか?」
確かに哺乳類であることは知っていたけれど、それは初耳だった。理由は諸説あるが、豊富な餌を求めたり、外敵から身を守るためだったりと、生きるための進化であったことはかわりない。
愛嬌があって、賢い上に、行動力まであるなんて脱帽ものだ。
「陸の生き物が海で生きようなんて発想はまずしないし、本当に順応してしまうのだからすごい生き物だよな」
啓さんは言いながら、会場へ向けて目を細めた。
なんだか……。
「ちょっと啓さんに似てますね」
「……俺とイルカが?」
気に障ったのか、ありえないというように、少し眉を寄せる。
「良い意味で、ですよ! 社員のみんなも啓さんのこと社長として凄い方だって言ってますし……。起業しようだなんて、みんながみんな思うわけでもないし、これまでもいろんな新しいことを取り入れて来たわけで……」
賢いことはもちろん、たまに愛嬌のある一面を見せてくれるようになった。本人には言えないけれど。
「って、私なんかが偉そうにすみません」
しかもすごく褒め称えてるみたいで恥ずかしい。
「いや、社員の意見を聞く機会もないから新鮮だ。それにしても君は独特な発想をするな」
言いながら、彼の表情はすこぶる穏やかだ。一瞬失礼なことを言ってしまったかと思い、ほっと胸をなでおろした。
「それに、さっき書いてあるの見たんですけど、イルカって完全には眠らないそうですよ」
睡眠時も水面に出て呼吸をするため、左右の脳を半分ずつ休ませ、泳ぎながら寝ているらしい。そんなところも、啓さんらしいといえばそう思えてくる。
「はは、別に俺は不眠症なだけで、働きながら寝てるわけじゃないけどな」
目を細めて、彼がクスクスと笑う表情は、何だか可愛らしくて。
「……もう少し笑った方がいいと思います」
自然とそうこぼしていた。
「あ、いえ……仕事ではあまり笑わないので」
「そうか? あまり意識したことはないんだが」
「え、無意識なんですか!?」
どうやら彼は、自分がいかに無表情であるか自覚がないらしい。
「恐れながら今だから言いますが、最初にお会いした時怖かったですよ……?」
支店で初めて啓さんと面談した際、彼は一ミリも表情を変えず、淡々としていた。二度目、彼の家で会った時だってそうだ。
勢いでカミングアウトすると、彼は驚いたように「すまない」と一言呟いた。
やはり思っていた通り、彼も私と同じかそれ以上に損する性格なのだろう。一緒に暮らさなければ知らなかった彼の一面を、もっとたくさんの人に知ってもらえたらいいのに。
「そういえば……そもそも俺が不眠症であることを君に話したか?」
「えっ? あ、いえ、あの前に倒れた際に七滝さんから……すみません、つい」
「はあ、また七滝か……まあ、あれは仕方ないか。だが前も話したが、俺のことは俺に聞いてくれ。いいな?」
怒っている様子ではなく、ほっとする。どうやら七滝さんが自分の話をするのは面白くないらしい。
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