恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

羅賀啓という男(2)

 ふと彼の手元を見ると、皿の端にサラダに乗せたトマトを追いやっている。まるで、断固として食べないと言ってるように。

「あの……何してるんですか?」
「仕方ないだろ。これは食べ物じゃないから」
「食べ物ですよ! トマト美味しいんですよ!?」
「好きならやる」

 社長は自分の皿を持ちあげると、トマトを私の皿へとのせる。

「あ、ダメですよちゃんと食べないと!」
「食べなくても生きていける」

 前言撤回。もしかすると、食の好みは合わない可能性がある。それでも、社長が子供みたいにトマトを毛嫌いする様子には、なんだか愛着が湧いた。

「そうだ。土曜の予定はあるか?」
「土曜は……何もなかったと思います」
「なら空けておいてくれ」
「どこか行かれるんですか?」
「出かけるぞ。行きたいところがあれば考えておいてくれ」
「えっ」

 それは仕事とは関係なく、二人で出かけるということだろうか。素っ頓狂な声を出した私に、社長は怪訝な顔を浮かべた。

「君が二人の時間を作ろうと言ったんだ。デートくらいはしたほうがいいだろ」
「そ、そうですよね。承知しました」

 改めてデートと言われると照れくさいけれど、これも試験のうち。というか、わざわざ『デート』と言わなくてもいい気もするけれど。
 そうこう話しているうちに家を出る時間が近づいて来て、慌てて残りのご飯をかきこんだ。


 準備を終え社長より先にマンションを出ると、エレベーターホールで七滝さんと遭遇し、挨拶を交わす。
 彼と顔を合わせるのは、社長が倒れた日以来だった。

「社長から試験にご協力いただけると伺いました。私からもお礼を言わせてください」
「いえ、そんな」

 七滝さんのお礼に手を振ると、彼はじっと私を見つめる。そして探るように口を開いた。

「……社長と何かございましたか?」
「! 何もありませんよ?」

 彼は随分と勘が良さそうだ。気付かれないように平然と振舞うと、疑いつつも「そうですか」と納得してくれたようだった。

「いかがですか? 社長は」
「そうですね……まだよく分かりませんが、意外と人間味がある方で安心しました」
「人間味?」

 七滝さんにはつい、思ったことが出てしまい慌てて口をつぐむ。

「い、いえ。とてもクールな印象だったのですが、たまに意地が悪かったり意外にも嫌いな食べ物があったり……」
「はは、そうですか。昔から誤解されやすいですが、意外と子供なところもありますからね」

 七滝さんは小さく笑みをこぼしながら「社長には内緒にしてくださいね」と、人差し指を立てた。

「さすが七滝さん。秘書ともなれば何でもご存知なんですね」

 社長秘書とはこんなにも関係性が近いものなのか。仕事での繋がり以上に親しさを感じていると、七滝さんが首を振った。

「いえ、もともと社長とは付き合いが長いんです。幼いころから知ってますから」
「そうなんですか? でもどうして……」
「私は元々社長のお父様の秘書として仕えていたので」
「社長のお父様って……」

 松園さんが、経営者だと言っていたことを思い出す。

「守秘義務がございますので、私からはお答えできません」
「そうですよね」

 彼の言う通り、第三者から根掘り葉掘り聞くのは躊躇われた。
 それにしても社長のお父様の秘書ならば、七滝さんは一体何歳なんだろう。勝手に三十代後半くらいかと思っていたが、もしやもっと上では……?
 けれど、社長とはそこまで離れていなさそうにも見えた。

「失礼ですが、七滝さんって……」

 そこまで聞いて、「なんでもないです」と言葉を引っ込める。なんとなく「守秘義務です」と言われてしまいそうな気がしたから。

「少なくとも、私は社長よりも年上ですよ」

 私の考えを読んだのか、七滝さんは自分の年齢には触れずに告げた。やはり、彼の年齢は教えてくれなさそうだ。

「そもそも社長っておいくつなんでしょう……?」

 それこそ本人に聞くべきだが、何だか聞きづらい。七滝さんの答えを待っていると、後ろから低い声が響いた。

「三十五だ」

 振り返ると、準備を終えた社長がエレベーターから降りてくる。

「俺のことは俺に聞け」
「は、はい。すみません」

 怒っている様子ではないが、何だか悪いことをしていたようで気まずい気持ちになる。すると、七滝さんが耳打ちをした。

「社長のことで知りたいことがあれば、いつでも連絡くださいね。聞きづらいこともあると思いますから」

 小さく微笑まれ頷き返すと、社長がどこか面白くなさそうにこちらを振り返る。そして「行くぞ」と七滝さんを連れて行ってしまった。
 スーツ姿の彼は、いつものように近づきがたいオーラを放っている。七滝さんが言うような子供っぽい一面やそれ以外もこれから見えるのだろうか。
 第一印象とのギャップが大きくて、少し楽しみに感じている自分がいた。


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