恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~

寧子さくら

羅賀啓という男(1)

 平日の朝は早い。軽快なアラームで目を覚ますと、先週よりも三十分早く起きてキッチンに立つ。出来立てのスクランブルエッグをお皿に盛り付けると、ダイニングテーブルの上に置いた。

「今日は洋食か」
「はい。バランス良く食べてもらいたいので」

 あの日から、なるべく朝食を一緒にとるというルールができた。社長は付き合いもあるため、昼と夜はほとんどが外食らしく、それならば朝に時間を作ろうとなったのだ。
 しかも彼の朝食はコーヒーとサプリメントのみ。加えて万年睡眠不足ともなれば、そのうち本当に倒れてしまうかもしれない。そうなっては私も夢見が悪い。試験とはいえ、生活費なしで住ませてもらっている分、それくらいはしてあげたいと思った。

「君は本当に料理が上手いな」
「簡単な家庭料理ばかりですよ」
「家庭料理というものはあまり作らないからな」
「社長も自炊されるんですか?」
「一人暮らしが長いからな。最近はそんな時間もないが」

 彼は意外にも庶民的だ。社長にしては普通のマンションに住んでいるし、掃除も自分でする。その上自炊までするとは。私が社長というものを、勝手に大金持ちとでも思っているからかもしれないけど。

「それでは今日もやりますか? チェックリスト」
「ああ、そうだな。まずは……」

 食事の手を止め、社長がタブレットを手に取る。
 試験の一環として、時間が合う時にお互いに質問をし合うようにした。とは言っても、相談所で使われるシートを使った相性診断のようなもの。
 食事をしながらは少々行儀が悪いが、忙しい社長にとっても朝の時間は貴重だ。

「まずは休日の過ごし方について、か。趣味はあるか?」
「うーん……パッと思いつくものは……」
「無趣味というのも珍しいな」
「社長はあるんですか?」
「仕事に役立ちそうな本を読んだり、付き合いでゴルフや酒を飲むくらいは」
「それは仕事だと思いますが」
「……」

 まさか、という顔をして彼が黙り込む。私に言われるまで気づかなかったかのように。
 そして咳払いをすると、人差し指で画面をスクロールした。

「では一旦お互い無趣味ということで、次の質問にしよう」

 やはり無趣味なんだ……。

「休日一人で過ごすか友人と過ごすか」
「えっと、友人が多いです。誘われるので。でも一人の方が好きかも」
「同意だな。どこへ行くにも他人といると疲れるし、一人の方が気楽だ」
「あ、わかります。どこ行こうかとか、何しようかとかも気を使いますし」

 意外にも意見が合うのか、そのあとの質問も互いに同意しながら話を進めていく。

「なるほど。君とは話は合うな」

 価値観だけではなく、会話のペースも合っている気がして、不思議な気持ちになる。
 そもそも遺伝子レベルで相性が良いのだ。彼とは本当に気が合うのかもしれない。

「では次の質問は……恋愛か。まず、結婚はしたい?」
「そうですね、いずれかは……」
「まあ俺も考えていなくはない」
「えっそうなんですか!?」

 意外だ。恋愛をしない彼が結婚を考えているだなんて。それこそ、「結婚なんて無駄だ」なんて言ってもおかしくない。

「ああ、人生のパートナーがいたら良いと思ってる。お互い支え合って高められるような」
「なるほど……。確かにそうですね」

 恋愛と結婚は別、というのはこのことを言うのだろう。彼を支えて高めてあげられる女性は、相当ハイスペックな女性じゃないと難しいような気もするけれど。

「結婚式はしたいか? 俺はこだわりはないが」
「それはしたいですよ。一生に一度、ウェディングドレスを着てみたいです」
「ほう。それは似合いそうだ。君はスタイルもいいから」
「変なこと考えてます!?」

 社長はたまにふざけて悪戯に笑う。そのあとで「意外と乙女なんだな」と呟いた。

「いやいや、乙女って……。女性はわりと思ってる人いると思いますよ? こういう結婚式がしたい~とか、ほら、あとこういうプロポーズされたい~とか」

 実際に会員さんからそのような話を聞くことを伝えると、彼は興味深そうに頷く。

「なるほど。じゃあ君はどんな結婚式がしたい?」
「……と言われるとすぐには思いつかないですけど、平凡でいいですよ」
「それではプロポーズは?」
「それも……平凡でいいです」

 改めて聞かれると、自分に欲も理想もないことを思い知らされる。

「その平凡っていうのがいまいち想像できないな。人によって違うだろ」
「う……別に派手じゃなくていいってことです。何気なく日常の中でプロポーズされるとか、親しい人たちに祝福される結婚式とか……」

 自分でもあまりに抽象的な表現に、中身が想像できていない。それは社長も同じなのか、必要以上に深堀りし始めた。

「では、その日常の中のプロポーズとは?」
「綺麗な景色を見ながらとか……?」
「矛盾してるな」
「っ、とにかく普通でいいんです」
「普通も人によって違うと思うが」
「わ、わかってますけど……。じゃあ社長はどうなんですか?」
「俺はこだわりがないと言っただろ」
「じゃあもう、次の質問行きましょ!」

 これ以上聞かれても、いたちごっこになりそうな気がして次の質問を促す。けれど、彼はタブレットを置いたまま食事を続けていた。

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