恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
無表情の裏側(3)
休日の道は想像以上に混んでおり、マンションに到着する頃にはすっかり日が沈んでいた。
社長が車を降りる瞬間、ふらっと倒れかけたところを七滝さんが慌てて抱え込んだ。
「社長、大丈夫ですか?」
「っ……」
七滝さんが声をかけるけれど、社長は目を閉じたまま。頭が痛いのか、眉間にしわを寄せ、苦しそうに額を抑えた。
「姫松さん、申し訳ないのですがトランクの荷物を運んでいただけますか?」
明らかに社長の様子がおかしいというのに、七滝さんは至って冷静だ。
七滝さんは社長を抱え直すと、エントランスへと歩き出す。
「どうされたんですか……? 病院とか行かなくて大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、いつものことなので。それでは荷物、よろしくお願いいたします」
「わ、わかりました……」
トランクから荷物を取り出すと、七滝さんの後を追ってエントランスをくぐる。
社長は七滝さんなしでは歩くこともままならないといった様子で、支えられながら部屋へと向かった。
部屋に入ると、七滝さんに指示された通りに、荷物を片づける。そのあとで水を持って、社長の部屋へと向かった。
「失礼します……」
「ああ、すみません。いろいろ手伝わせてしまって」
「いえ、お水持ってきました」
「ありがとうございます」
キッチンから持ってきた常温のペットボトルの水を手渡すと、七滝さんがベッドサイドに置く。その横で、いつの間にかスーツを脱がされた彼はシャツのままで眠っていた。
「あの、社長、体調が悪いんでしょうか……?」
今はただ眠っているようだが、普通の状態ではないだろう。それなのに七滝さんは、いつも通り穏やかな表情だ。
「社長はあまり眠らない方なので、定期的に糸が切れてしまうんですよ。なので今は眠っているだけです」
「えっ眠らないって、どういうことですか?」
「うーん、そうですね。慢性的な不眠症みたいなものでしょうか。さすがに眠らないと倒れてしまうので、たまに深酒などしているようですが、今週は特に忙しかったですからね。今日も朝から出ていましたし」
「え……それなら普段はずっと起きてるってことですか……?」
「夜、目を閉じて休まれているそうですよ。やはり熟睡はできないそうですが」
七滝さんは普通に話しているけれど、何だかとんでもないことを言われている気がしてならない。
社長にキスをされた日、確かに彼はかなり酔いつぶれている様子だった。つまり普段から眠るために自ら酒を飲んでいるということだろうか。
「ええと、それは大丈夫なんでしょうか……?」
「病院に行ったこともありますが、体には問題ありませんでした。こんな生活を何年も続けられてますし、社長も慣れていらっしゃるので」
体には、という言葉が引っかかる。他に何かあるのだろうか……。
「ただ、私としても、いつか本当に体調を崩してしまわないか心配ではありますね。普段風邪すら引かないのが信じられないくらいです」
お酒を飲んで寝ることは、ただ気を失っていることと変わらないと聞いたことがある。
ということは、彼は今回のように糸が切れた時しか休養をとっていないということだ。
人間の体力的に、本当にそのようなことは可能なのだろうか。しかも風邪すら引かないなんて……。
「ちなみに、どうして社長は眠れないんでしょうか?」
躊躇いつつも尋ねてみると、七滝さんは少し悩んで「私の口からは何とも」と告げた。おそらく理由は知っているのだろうが、私には言えないのだろう。
そう言われてしまってはこれ以上尋ねることもできず、口を閉じた。
「では、そろそろ失礼しましょうか」
「はい。……!」
七滝さんについて部屋を出ようとすると、ふいに右手を引かれる。見れば薄っすらと目を開けた社長がしっかりと私の腕を掴んでいた。
「あの、社長……?」
声をかけてみるが、彼は寝ぼけているのか再び深い眠りへと落ちていく。
そんな私たちの様子を見ていた七滝さんが、クスクスと笑みをこぼした。
「社長は意外と甘えん坊というか……寂しがりやなところがありますからね」
「え!? 社長がですか!?」
彼を起こさないよう、なるべく抑えた声で驚くと、七滝さんは小さく頷く。
「それでは、私は失礼しますね。社長のこと、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくって……」
私の問いには答えないまま、にっこりと微笑んで部屋を出て行った。
「どうしよう……」
私も部屋を出ようと思ったけれど、社長が掴んだ右手を離してはくれない。
拘束されているとはいえ、相手は眠っている。力づくでその手をすり抜けることはできたけれど、なぜだかそれは憚られた。
部屋を見渡してみると、ベッドの反対側にはシンプルなデスクと、大量の本が陳列された本棚。本のタイトルは、婚活業界に関するものから、一般的な経済雑誌まで様々だ。
他の部屋と比べたら、この一角だけが生活感があるように感じられた。無駄が嫌いそうな彼がこれだけの本を集めているのは、仕事の為なのだろうか。
ベッドの上に視線を戻すと、社長は先日見たのと同じように無防備な寝顔をしている。
それがなぜだか可愛いらしく思えてしまい、少しの間だけ眺めていこうと、ベッドの横に腰を下ろした。
社長が車を降りる瞬間、ふらっと倒れかけたところを七滝さんが慌てて抱え込んだ。
「社長、大丈夫ですか?」
「っ……」
七滝さんが声をかけるけれど、社長は目を閉じたまま。頭が痛いのか、眉間にしわを寄せ、苦しそうに額を抑えた。
「姫松さん、申し訳ないのですがトランクの荷物を運んでいただけますか?」
明らかに社長の様子がおかしいというのに、七滝さんは至って冷静だ。
七滝さんは社長を抱え直すと、エントランスへと歩き出す。
「どうされたんですか……? 病院とか行かなくて大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、いつものことなので。それでは荷物、よろしくお願いいたします」
「わ、わかりました……」
トランクから荷物を取り出すと、七滝さんの後を追ってエントランスをくぐる。
社長は七滝さんなしでは歩くこともままならないといった様子で、支えられながら部屋へと向かった。
部屋に入ると、七滝さんに指示された通りに、荷物を片づける。そのあとで水を持って、社長の部屋へと向かった。
「失礼します……」
「ああ、すみません。いろいろ手伝わせてしまって」
「いえ、お水持ってきました」
「ありがとうございます」
キッチンから持ってきた常温のペットボトルの水を手渡すと、七滝さんがベッドサイドに置く。その横で、いつの間にかスーツを脱がされた彼はシャツのままで眠っていた。
「あの、社長、体調が悪いんでしょうか……?」
今はただ眠っているようだが、普通の状態ではないだろう。それなのに七滝さんは、いつも通り穏やかな表情だ。
「社長はあまり眠らない方なので、定期的に糸が切れてしまうんですよ。なので今は眠っているだけです」
「えっ眠らないって、どういうことですか?」
「うーん、そうですね。慢性的な不眠症みたいなものでしょうか。さすがに眠らないと倒れてしまうので、たまに深酒などしているようですが、今週は特に忙しかったですからね。今日も朝から出ていましたし」
「え……それなら普段はずっと起きてるってことですか……?」
「夜、目を閉じて休まれているそうですよ。やはり熟睡はできないそうですが」
七滝さんは普通に話しているけれど、何だかとんでもないことを言われている気がしてならない。
社長にキスをされた日、確かに彼はかなり酔いつぶれている様子だった。つまり普段から眠るために自ら酒を飲んでいるということだろうか。
「ええと、それは大丈夫なんでしょうか……?」
「病院に行ったこともありますが、体には問題ありませんでした。こんな生活を何年も続けられてますし、社長も慣れていらっしゃるので」
体には、という言葉が引っかかる。他に何かあるのだろうか……。
「ただ、私としても、いつか本当に体調を崩してしまわないか心配ではありますね。普段風邪すら引かないのが信じられないくらいです」
お酒を飲んで寝ることは、ただ気を失っていることと変わらないと聞いたことがある。
ということは、彼は今回のように糸が切れた時しか休養をとっていないということだ。
人間の体力的に、本当にそのようなことは可能なのだろうか。しかも風邪すら引かないなんて……。
「ちなみに、どうして社長は眠れないんでしょうか?」
躊躇いつつも尋ねてみると、七滝さんは少し悩んで「私の口からは何とも」と告げた。おそらく理由は知っているのだろうが、私には言えないのだろう。
そう言われてしまってはこれ以上尋ねることもできず、口を閉じた。
「では、そろそろ失礼しましょうか」
「はい。……!」
七滝さんについて部屋を出ようとすると、ふいに右手を引かれる。見れば薄っすらと目を開けた社長がしっかりと私の腕を掴んでいた。
「あの、社長……?」
声をかけてみるが、彼は寝ぼけているのか再び深い眠りへと落ちていく。
そんな私たちの様子を見ていた七滝さんが、クスクスと笑みをこぼした。
「社長は意外と甘えん坊というか……寂しがりやなところがありますからね」
「え!? 社長がですか!?」
彼を起こさないよう、なるべく抑えた声で驚くと、七滝さんは小さく頷く。
「それでは、私は失礼しますね。社長のこと、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくって……」
私の問いには答えないまま、にっこりと微笑んで部屋を出て行った。
「どうしよう……」
私も部屋を出ようと思ったけれど、社長が掴んだ右手を離してはくれない。
拘束されているとはいえ、相手は眠っている。力づくでその手をすり抜けることはできたけれど、なぜだかそれは憚られた。
部屋を見渡してみると、ベッドの反対側にはシンプルなデスクと、大量の本が陳列された本棚。本のタイトルは、婚活業界に関するものから、一般的な経済雑誌まで様々だ。
他の部屋と比べたら、この一角だけが生活感があるように感じられた。無駄が嫌いそうな彼がこれだけの本を集めているのは、仕事の為なのだろうか。
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