恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
無表情の裏側(1)
電車を乗り継ぎ、都内から二時間ほど。茜ちゃんが入院する病院に到着した。
「茜ちゃん、大丈夫!?」
ナースステーションで案内された部屋へ入ると、広い病室の中で一人、茜ちゃんがスマートフォンをいじっていた。
「仁菜ちゃん、わざわざありがと。遠かったでしょ?」
「全然! もう大丈夫なの?」
言いながら、お見舞いに持ってきたゼリーを手渡す。彼女には『見舞いなんて』と遠慮されたが、仲の良い同僚としては放っておけなかった。
それに、まさか仕事中に倒れるだなんて……。
「忙しいのには慣れてるって思ったんだけどさ、ちょっとダメだったみたい。過労と貧血だって」
「そっか……」
「あ、でも今は元気だよ! 明日には退院できるみたいだしさ。奇跡的にこんな広い大部屋一人で使えちゃってるしね~」
茜ちゃんはいつものように、明るく笑ってみせる。
彼女が倒れたのは昨日の夜。残業中の出来事だったらしい。
私の異動に伴い、一人補充する予定ではあったが、忙しさがすぐに落ち着くわけではない。きっと、知らぬうちに疲労が重なっていたのだろうと推測できた。
「でもさ! 実は昨日合コンだったんだよね。せっかく友達が銀行マンとか集めてくれるって言ってたのに! マジでチャンス逃したよ~」
私の心配をよそに、彼女は合コンに行けなかったことを心底悔しがっている。そんなところも彼女らしくて、自然に笑みがこぼれた。
ひとまず茜ちゃんが元気でよかった。
一週間離れていただけなのに、お互い話は尽きず、他愛もない会話を繰り返す。
ふと、彼女が思い出したように話題を変えた。
「あ、そうだ。新居どうだった? 会社が用意してくれたんでしょ?」
「えっ?」
「なんか聞いてみたらうちの会社社宅ないっぽかったし、どうだったのかな~って思って」
「……普通だよ?」
慌てて来たこともあり、完璧な言い訳を考えておらず、どぎまぎしてしまう。いくら茜ちゃんでも、社長と住んでいるとは口が裂けても言えない。
「でも本社の近くだよね。今度遊びに行っていい?」
「あ、うん。ええと……」
「え、なになにその間は」
「ううん!? ちょっとまだ片付いてないからそのうち、ね!」
適当に話を流したいけれど、茜ちゃんは私の反応に首を傾げた。彼女はとても勘が良い。私が誤魔化すのが下手な説はあるけれど。
しかしながら、これ以上探られてしまえば墓穴を掘るかもしれない。
「ねえ、仁菜ちゃん――」
茜ちゃんの探るような視線に息を呑んだ瞬間、コンコンコンと大部屋のドアをノックする音が聞こえた。
ドアは開いているはず。音の方へ振り返ると、意外な人物の姿に反射的に立ち上がった。
「えっ、お、お疲れ様です……!」
「え……」
急に頭を下げた私に、ベッドの上の茜ちゃんはぽかんと口を開けている。
失礼のないようにと、彼女にそっと耳打ちした。
「社長だよ……!」
「えっ、しゃ、社長!? え、何で……?」
それは私も聞きたいくらい。今朝顔を合わせたはずの社長が、なぜこんなところにいるのか。
さらに社長の後ろには、よく見慣れた顔の男性が控えていた。
「支店長……?」
私と目が合った支店長は、ばつが悪そうに目を逸らす。
「失礼する」
社長は病室に入ってくると、ベッドの前で足を止め私を見た。
「……何で君がここに?」
「茜……谷地さんとはプライベートでも仲が良いので……」
「そうか。同じ支店の同期のようだな」
「はい。あの、社長はどうして……」
私の問いには答えず、今度は彼が茜ちゃんに向き直る。
そして次の瞬間、深く頭を下げた。
「今回の入院の件、会社の管理体制に問題があった。申し訳ない」
「え……」
謝られた茜ちゃんは、状況が掴めていないのか、未だ開いた口が塞がらないまま。
しかしすぐに、驚いたように声をあげた。
「い、いえ……! 私、元々貧血持ちですし、あの、社長に謝っていただくなんてそんな……」
いつも物怖じしない茜ちゃんもさすがに動揺しているのか、慌てて首と手を同時に振る。まるで壊れた人形のように、ちぐはぐに。
「今回君の支店の労働時間について、虚偽の申告があったことが明らかになった。それもここ最近だけのことではない」
「え……」
虚偽の、申告……?
「言い訳にしかならないが、気付かなった私の責任でもある。今回のことは謝っても許されないかもしれないが、本当に申し訳なかった」
社長は顔色一つ変えずに、もう一度深く頭を下げた。その光景に、茜ちゃんと二人で目を合わせる。
「もちろん今回の入院費等は会社が負担する。それから退院後も落ち着くまでは休みを取ってもらって構わない。その間の賃金は――」
「ちょ、ちょっと待ってください! 虚偽の申告ってなんですか?」
茜ちゃんも私と同じことを思っていたのか、核心を突くように社長を見る。始めこそ恐縮していたものの、今はいつもの彼女のように、毅然とした態度だ。
「……その話は別途詳しい説明があるはずだ。七滝」
社長は話をはぐらかし、秘書の名前を呼ぶ。どこから現れたのか、七滝さんが籠いっぱいのフルーツを持って病室へ入ってきた。
「こちら、よろしければ召し上がってください」
「あ、ありがとうございます……」
「ここ、置いておきますね。お大事になさってください」
にっこりと微笑み、ベッドサイドの机の上に籠を置く。一人で食べきれない量に、茜ちゃんはまた目を丸くした。
「それでは休みのところ申し訳なかった。失礼する」
社長は最後にもう一度、軽く頭を下げて病室を出て行く。
入口で待っていた支店長を見て目配せをすると、彼を引き連れて帰ってしまった。
「今の社長、なんだよね……?」
「うん」
「虚偽の申告ってなに? 支店長、何かやらかした感じ?」
「やっぱりそう思う……?」
先ほどの支店長の様子からは、ただならぬ雰囲気を感じとれた。それに本社での残業の少なさや、働き方から見て、支店との違いには驚かされたばかりだ。
もしこれが本当の話であれば、かなりの問題ではないだろうか。
「大丈夫かな、支店長……」
「んーマズイかもね、さすがに。連れて行かれちゃったし。てかマジで嘘だったらあいつぶん殴ってやりたいんだけど!」
「ま、まあまあ、茜ちゃん」
茜ちゃんなら本当に殴ってしまいそうで、ヒヤヒヤさせられる。怒りをおさめていると、彼女が声をあげた。
「てか! 社長に初めて会ったんだけど、イケメンすぎじゃない!? 一緒にいた人も! まさか社長直々に謝りにくるなんて思わなかったよ~」
「そ、そうだね。私もびっくり」
「こんなにフルーツ貰っちゃって。仁菜ちゃんも少し持って帰らない? 一人じゃ食べきれないし」
「いや、私はいいよ! 茜ちゃんが貰ったんだから、ちゃんと食べなきゃ!」
「そう? でも一人暮らしでこの量かあ……」
この後社長の自宅に帰るというのに、見舞いで持ってきた品を持って帰るのは気が引ける。
「とりあえず今少し食べていかない?」
「う、うん。ありがとう」
ひとまず折衷案として、病室で食べる分だけをいただくことにした。
「茜ちゃん、大丈夫!?」
ナースステーションで案内された部屋へ入ると、広い病室の中で一人、茜ちゃんがスマートフォンをいじっていた。
「仁菜ちゃん、わざわざありがと。遠かったでしょ?」
「全然! もう大丈夫なの?」
言いながら、お見舞いに持ってきたゼリーを手渡す。彼女には『見舞いなんて』と遠慮されたが、仲の良い同僚としては放っておけなかった。
それに、まさか仕事中に倒れるだなんて……。
「忙しいのには慣れてるって思ったんだけどさ、ちょっとダメだったみたい。過労と貧血だって」
「そっか……」
「あ、でも今は元気だよ! 明日には退院できるみたいだしさ。奇跡的にこんな広い大部屋一人で使えちゃってるしね~」
茜ちゃんはいつものように、明るく笑ってみせる。
彼女が倒れたのは昨日の夜。残業中の出来事だったらしい。
私の異動に伴い、一人補充する予定ではあったが、忙しさがすぐに落ち着くわけではない。きっと、知らぬうちに疲労が重なっていたのだろうと推測できた。
「でもさ! 実は昨日合コンだったんだよね。せっかく友達が銀行マンとか集めてくれるって言ってたのに! マジでチャンス逃したよ~」
私の心配をよそに、彼女は合コンに行けなかったことを心底悔しがっている。そんなところも彼女らしくて、自然に笑みがこぼれた。
ひとまず茜ちゃんが元気でよかった。
一週間離れていただけなのに、お互い話は尽きず、他愛もない会話を繰り返す。
ふと、彼女が思い出したように話題を変えた。
「あ、そうだ。新居どうだった? 会社が用意してくれたんでしょ?」
「えっ?」
「なんか聞いてみたらうちの会社社宅ないっぽかったし、どうだったのかな~って思って」
「……普通だよ?」
慌てて来たこともあり、完璧な言い訳を考えておらず、どぎまぎしてしまう。いくら茜ちゃんでも、社長と住んでいるとは口が裂けても言えない。
「でも本社の近くだよね。今度遊びに行っていい?」
「あ、うん。ええと……」
「え、なになにその間は」
「ううん!? ちょっとまだ片付いてないからそのうち、ね!」
適当に話を流したいけれど、茜ちゃんは私の反応に首を傾げた。彼女はとても勘が良い。私が誤魔化すのが下手な説はあるけれど。
しかしながら、これ以上探られてしまえば墓穴を掘るかもしれない。
「ねえ、仁菜ちゃん――」
茜ちゃんの探るような視線に息を呑んだ瞬間、コンコンコンと大部屋のドアをノックする音が聞こえた。
ドアは開いているはず。音の方へ振り返ると、意外な人物の姿に反射的に立ち上がった。
「えっ、お、お疲れ様です……!」
「え……」
急に頭を下げた私に、ベッドの上の茜ちゃんはぽかんと口を開けている。
失礼のないようにと、彼女にそっと耳打ちした。
「社長だよ……!」
「えっ、しゃ、社長!? え、何で……?」
それは私も聞きたいくらい。今朝顔を合わせたはずの社長が、なぜこんなところにいるのか。
さらに社長の後ろには、よく見慣れた顔の男性が控えていた。
「支店長……?」
私と目が合った支店長は、ばつが悪そうに目を逸らす。
「失礼する」
社長は病室に入ってくると、ベッドの前で足を止め私を見た。
「……何で君がここに?」
「茜……谷地さんとはプライベートでも仲が良いので……」
「そうか。同じ支店の同期のようだな」
「はい。あの、社長はどうして……」
私の問いには答えず、今度は彼が茜ちゃんに向き直る。
そして次の瞬間、深く頭を下げた。
「今回の入院の件、会社の管理体制に問題があった。申し訳ない」
「え……」
謝られた茜ちゃんは、状況が掴めていないのか、未だ開いた口が塞がらないまま。
しかしすぐに、驚いたように声をあげた。
「い、いえ……! 私、元々貧血持ちですし、あの、社長に謝っていただくなんてそんな……」
いつも物怖じしない茜ちゃんもさすがに動揺しているのか、慌てて首と手を同時に振る。まるで壊れた人形のように、ちぐはぐに。
「今回君の支店の労働時間について、虚偽の申告があったことが明らかになった。それもここ最近だけのことではない」
「え……」
虚偽の、申告……?
「言い訳にしかならないが、気付かなった私の責任でもある。今回のことは謝っても許されないかもしれないが、本当に申し訳なかった」
社長は顔色一つ変えずに、もう一度深く頭を下げた。その光景に、茜ちゃんと二人で目を合わせる。
「もちろん今回の入院費等は会社が負担する。それから退院後も落ち着くまでは休みを取ってもらって構わない。その間の賃金は――」
「ちょ、ちょっと待ってください! 虚偽の申告ってなんですか?」
茜ちゃんも私と同じことを思っていたのか、核心を突くように社長を見る。始めこそ恐縮していたものの、今はいつもの彼女のように、毅然とした態度だ。
「……その話は別途詳しい説明があるはずだ。七滝」
社長は話をはぐらかし、秘書の名前を呼ぶ。どこから現れたのか、七滝さんが籠いっぱいのフルーツを持って病室へ入ってきた。
「こちら、よろしければ召し上がってください」
「あ、ありがとうございます……」
「ここ、置いておきますね。お大事になさってください」
にっこりと微笑み、ベッドサイドの机の上に籠を置く。一人で食べきれない量に、茜ちゃんはまた目を丸くした。
「それでは休みのところ申し訳なかった。失礼する」
社長は最後にもう一度、軽く頭を下げて病室を出て行く。
入口で待っていた支店長を見て目配せをすると、彼を引き連れて帰ってしまった。
「今の社長、なんだよね……?」
「うん」
「虚偽の申告ってなに? 支店長、何かやらかした感じ?」
「やっぱりそう思う……?」
先ほどの支店長の様子からは、ただならぬ雰囲気を感じとれた。それに本社での残業の少なさや、働き方から見て、支店との違いには驚かされたばかりだ。
もしこれが本当の話であれば、かなりの問題ではないだろうか。
「大丈夫かな、支店長……」
「んーマズイかもね、さすがに。連れて行かれちゃったし。てかマジで嘘だったらあいつぶん殴ってやりたいんだけど!」
「ま、まあまあ、茜ちゃん」
茜ちゃんなら本当に殴ってしまいそうで、ヒヤヒヤさせられる。怒りをおさめていると、彼女が声をあげた。
「てか! 社長に初めて会ったんだけど、イケメンすぎじゃない!? 一緒にいた人も! まさか社長直々に謝りにくるなんて思わなかったよ~」
「そ、そうだね。私もびっくり」
「こんなにフルーツ貰っちゃって。仁菜ちゃんも少し持って帰らない? 一人じゃ食べきれないし」
「いや、私はいいよ! 茜ちゃんが貰ったんだから、ちゃんと食べなきゃ!」
「そう? でも一人暮らしでこの量かあ……」
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