恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
キスの余韻(4)
まだ薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から、柔らかい光が差し込む。光の筋は真っ直ぐに、血管が浮き上がった無骨な腕を照らした。
一人では少々広いベッドの上には、私と社長。こんな状況だというのに、彼は相変わらず無表情のまま私を見つめた。
「あ、あの社長……?」
「相性を確かめるためには、お互い時間を作るべきだと思わないか?」
「お、仰る通りですが、こんな……あっ……」
しなやかな指先で輪郭を撫でられたかと思うと、その指が唇に触れる。熱っぽい視線が絡んだ後で、強引に唇が重なった。
角度を変えて浅いキスを繰り返しながら、彼が私を覆う。
攻め込まれる度に、ふかふかのベッドに体が沈み込み、身動きなどとれなくなってしまった。
「んっ……しゃ、ちょ……」
ねっとりと私の唇に絡みついて、僅かな隙も与えない。割り入った生ぬるい舌にゆっくりと歯列をなぞられると、慣れない感覚に身震いをした。
とめどなく降ってくるキスに抵抗する腕を緩めると、私の顔を抑えていた彼の手がゆっくりと下がり、胸元に到達する。そしてパジャマのボタンをひとつずつ外し始めたところで我に返った。
今日の下着は全然可愛くない。というかダサい。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
彼の手を止めるころには、時すでに遅し。色気もなにもない下着があらわになっており、彼がまじまじと見つめていた。
「……さすがにこれはないな」
「なっ……!」
「すまないが、俺は部屋に戻る。冷めた」
「そ、そっちが脱がしたんじゃないですか……!」
あまりの手のひら返しに、大声を出して飛び起きる。目が覚めると、そこには誰もおらず、私のパジャマもきっちりと上までボタンが閉められていた。
「ゆ、夢……?」
時刻はまだ朝七時前。こんな夢を見てしまうなんて、欲求不満なのだろうか。
社長のことを知りたいと思ってから、あっという間に五日間。彼を知るどころか、ほとんど接触もしないまま週末を迎えてしまった。
社長というのはここまで忙しいのだろうか。朝、何度か顔を合わせることはあったがほんの数分だけ。昼間会社で話すことはまずないし、夜も私が起きている時間に帰ってくることなど滅多になかった。
こんな状態で、本当に一緒に暮らす意味などあるのだろうか。
それにしても、さっきの夢……。
触れられたところがやけにリアルで、未だ感触が残っていると錯覚するほど。こんな夢を見るなんて、自分の変態さに呆れてしまう。
悶々としていると、枕元でスマートフォンが震えた。新着メッセージは、谷地茜。
こんな朝早くにどうしたんだろう……。
彼女の名前に懐かしさを感じながらメッセージを開くと、飛び込んできた文字に目を見張った。
「えっ……!」
用件は『仕事で倒れて入院中』と、一言。すぐに送られてきた泣き顔のスタンプが、深刻さを紛らわしたが、心配でならない。
幸いにも今日は土曜日。お見舞いくらいは行きたいと思い、メッセージを送ると、すぐに準備にとりかかった。
着替えを済ませてから、顔を洗うために洗面所へ向かう。夢の中の社長のせいで、可愛くない下着がなんとも恥ずかしくなってしまって、お気に入りのものに変えた。
夢を見たのは私のせいだが、根本的な原因はきっと社長のキスのせいだ。
やるせない思いで勢いよくドアを開けると、お風呂上がりの社長と対面してしまった。
ギリギリ下着は履いているが、ほぼ裸状態。服の上からは分からなかったが、想像以上に筋肉質で引き締まっている。そして濡れて重力に逆らえなくなった髪は普段の彼の印象を大きく変え、かすかに上気した肌と相まって、やけに生々しい。
「きゃあ!」
突然の出来事に思わず頭の中で解説してしまったが、冷静に状況を理解し、遅れて声をあげる。
そんな私の声に、社長は全く動じずに顔をしかめた。
「朝から騒がしいな」
「ふ、服着てください……!」
「君がいきなり開けたんだろう」
「すみません……」
まさか彼がお風呂に入っていたとは思わなかった。
どうしていつも彼は、生活音を感じさせないのか……というのは言い訳にしかならなくて、今回は完全に私が悪い。
目のやり場に困りながら一度廊下に出ると、すぐに着替えを終えた社長が出てきた。
「意外とウブなんだな」
「ウブって……! いきなりだから驚いただけです!」
お風呂上がりの彼からは、石鹸のいい香りがする。急いで羽織ったであろうシャツははだけていて、目の前に見えた胸板に思わずドキッとさせられた。
夢で見たのと同じ……って、何を考えているんだろう。
「そのわりには顔が赤い気がするが」
「き、気のせいです。からかわないでください……!」
ムスッとして顔を逸らすと、頭上でクスッと鼻で笑う声が聞こえてくる。
見上げると彼の口角が少し上がっていて、初めての表情に釘付けになった。
「なんだ。今度は見惚れてたか」
「違います!」
盛大に否定をした後で、洗面所に入りドアを閉める。
別に男性の半裸を見たくらいで、ドキドキなんてしない。すべてはそう、さっき見た夢のせいだ。
意外と意地が悪い社長に翻弄されている自分が悔しくて、手のひらで強く頬を抑え込んだ。
最低限の身だしなみを整え、洗面所のドアを開ける。すると今度は、七滝さんと鉢合わせてしまい声をあげた。
「わっ、おはようございます」
「おはようございます、姫松さん。早いんですね」
にっこりと微笑んで、丁寧にお辞儀をする。相変わらず所作が綺麗だ。
それにしても、社長といい七滝さんといい、急に現れるのはやめて欲しいのだけれど……。
「七滝さんこそ……」
今日は週末だというのに、彼はスーツを着用していた。シワひとつない真っ白のワイシャツは、まるで彼の性格を表しているかのよう。
「社長のお迎えに上がりました」
「えっ、こんな朝早くからですか?」
平日よりも早い時間に驚いていると、社長の部屋のドアが開き、彼が姿を現した。
つい先ほどまで無防備な姿だったというのに、既にパリッとしたスーツに身を纏い、髪型もセットされている。
早い、早すぎる。仕事ができる男性とは、身だしなみを整えるのも早いのか。
「出るぞ」
「承知しました。車は回しておりますので」
完全に仕事モードに切り替わった社長は、こちらに目もくれず玄関へと向かう。七滝さんは私に軽くお辞儀をして、その後を追った。
平日は朝から晩まで働いて、休日もこんな早朝から家を出る。彼は一体いつ、休息をとっているのだろうか。まるでサイボーグではなかろうか。
無言で二人を見送った後で、茜ちゃんの見舞いの準備を進めた。
一人では少々広いベッドの上には、私と社長。こんな状況だというのに、彼は相変わらず無表情のまま私を見つめた。
「あ、あの社長……?」
「相性を確かめるためには、お互い時間を作るべきだと思わないか?」
「お、仰る通りですが、こんな……あっ……」
しなやかな指先で輪郭を撫でられたかと思うと、その指が唇に触れる。熱っぽい視線が絡んだ後で、強引に唇が重なった。
角度を変えて浅いキスを繰り返しながら、彼が私を覆う。
攻め込まれる度に、ふかふかのベッドに体が沈み込み、身動きなどとれなくなってしまった。
「んっ……しゃ、ちょ……」
ねっとりと私の唇に絡みついて、僅かな隙も与えない。割り入った生ぬるい舌にゆっくりと歯列をなぞられると、慣れない感覚に身震いをした。
とめどなく降ってくるキスに抵抗する腕を緩めると、私の顔を抑えていた彼の手がゆっくりと下がり、胸元に到達する。そしてパジャマのボタンをひとつずつ外し始めたところで我に返った。
今日の下着は全然可愛くない。というかダサい。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
彼の手を止めるころには、時すでに遅し。色気もなにもない下着があらわになっており、彼がまじまじと見つめていた。
「……さすがにこれはないな」
「なっ……!」
「すまないが、俺は部屋に戻る。冷めた」
「そ、そっちが脱がしたんじゃないですか……!」
あまりの手のひら返しに、大声を出して飛び起きる。目が覚めると、そこには誰もおらず、私のパジャマもきっちりと上までボタンが閉められていた。
「ゆ、夢……?」
時刻はまだ朝七時前。こんな夢を見てしまうなんて、欲求不満なのだろうか。
社長のことを知りたいと思ってから、あっという間に五日間。彼を知るどころか、ほとんど接触もしないまま週末を迎えてしまった。
社長というのはここまで忙しいのだろうか。朝、何度か顔を合わせることはあったがほんの数分だけ。昼間会社で話すことはまずないし、夜も私が起きている時間に帰ってくることなど滅多になかった。
こんな状態で、本当に一緒に暮らす意味などあるのだろうか。
それにしても、さっきの夢……。
触れられたところがやけにリアルで、未だ感触が残っていると錯覚するほど。こんな夢を見るなんて、自分の変態さに呆れてしまう。
悶々としていると、枕元でスマートフォンが震えた。新着メッセージは、谷地茜。
こんな朝早くにどうしたんだろう……。
彼女の名前に懐かしさを感じながらメッセージを開くと、飛び込んできた文字に目を見張った。
「えっ……!」
用件は『仕事で倒れて入院中』と、一言。すぐに送られてきた泣き顔のスタンプが、深刻さを紛らわしたが、心配でならない。
幸いにも今日は土曜日。お見舞いくらいは行きたいと思い、メッセージを送ると、すぐに準備にとりかかった。
着替えを済ませてから、顔を洗うために洗面所へ向かう。夢の中の社長のせいで、可愛くない下着がなんとも恥ずかしくなってしまって、お気に入りのものに変えた。
夢を見たのは私のせいだが、根本的な原因はきっと社長のキスのせいだ。
やるせない思いで勢いよくドアを開けると、お風呂上がりの社長と対面してしまった。
ギリギリ下着は履いているが、ほぼ裸状態。服の上からは分からなかったが、想像以上に筋肉質で引き締まっている。そして濡れて重力に逆らえなくなった髪は普段の彼の印象を大きく変え、かすかに上気した肌と相まって、やけに生々しい。
「きゃあ!」
突然の出来事に思わず頭の中で解説してしまったが、冷静に状況を理解し、遅れて声をあげる。
そんな私の声に、社長は全く動じずに顔をしかめた。
「朝から騒がしいな」
「ふ、服着てください……!」
「君がいきなり開けたんだろう」
「すみません……」
まさか彼がお風呂に入っていたとは思わなかった。
どうしていつも彼は、生活音を感じさせないのか……というのは言い訳にしかならなくて、今回は完全に私が悪い。
目のやり場に困りながら一度廊下に出ると、すぐに着替えを終えた社長が出てきた。
「意外とウブなんだな」
「ウブって……! いきなりだから驚いただけです!」
お風呂上がりの彼からは、石鹸のいい香りがする。急いで羽織ったであろうシャツははだけていて、目の前に見えた胸板に思わずドキッとさせられた。
夢で見たのと同じ……って、何を考えているんだろう。
「そのわりには顔が赤い気がするが」
「き、気のせいです。からかわないでください……!」
ムスッとして顔を逸らすと、頭上でクスッと鼻で笑う声が聞こえてくる。
見上げると彼の口角が少し上がっていて、初めての表情に釘付けになった。
「なんだ。今度は見惚れてたか」
「違います!」
盛大に否定をした後で、洗面所に入りドアを閉める。
別に男性の半裸を見たくらいで、ドキドキなんてしない。すべてはそう、さっき見た夢のせいだ。
意外と意地が悪い社長に翻弄されている自分が悔しくて、手のひらで強く頬を抑え込んだ。
最低限の身だしなみを整え、洗面所のドアを開ける。すると今度は、七滝さんと鉢合わせてしまい声をあげた。
「わっ、おはようございます」
「おはようございます、姫松さん。早いんですね」
にっこりと微笑んで、丁寧にお辞儀をする。相変わらず所作が綺麗だ。
それにしても、社長といい七滝さんといい、急に現れるのはやめて欲しいのだけれど……。
「七滝さんこそ……」
今日は週末だというのに、彼はスーツを着用していた。シワひとつない真っ白のワイシャツは、まるで彼の性格を表しているかのよう。
「社長のお迎えに上がりました」
「えっ、こんな朝早くからですか?」
平日よりも早い時間に驚いていると、社長の部屋のドアが開き、彼が姿を現した。
つい先ほどまで無防備な姿だったというのに、既にパリッとしたスーツに身を纏い、髪型もセットされている。
早い、早すぎる。仕事ができる男性とは、身だしなみを整えるのも早いのか。
「出るぞ」
「承知しました。車は回しておりますので」
完全に仕事モードに切り替わった社長は、こちらに目もくれず玄関へと向かう。七滝さんは私に軽くお辞儀をして、その後を追った。
平日は朝から晩まで働いて、休日もこんな早朝から家を出る。彼は一体いつ、休息をとっているのだろうか。まるでサイボーグではなかろうか。
無言で二人を見送った後で、茜ちゃんの見舞いの準備を進めた。
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