恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
新生活は社長宅にて(2)
用意されたスリッパを履き、何もない廊下をまっすぐ歩いていく。
ひとつ、ふたつ……やはり一人暮らしにしては多すぎるドアの数を確認しながら、案内されるがままに中央のドアの前まで進んだ。
「失礼します」
七滝さんがドアを開けると、広いリビングに置かれたダイニングテーブルの椅子に、先日顔を合わせた人物が座っていた。
「しゃ、社長……!?」
今日は黒縁の眼鏡をかけて雰囲気は違っているが、一度会った彼を見間違えるわけがない。
社長は眼鏡を外すと、手に持っていたタブレットを置いてこちらを見た。
「ああ、着いたか。七滝、先に部屋を案内してやってくれ」
「かしこまりました。姫松さん、こちらへ」
驚きを隠せない私をよそに、二人は淡々と会話をしている。
そのまま部屋に案内されそうになったけれど、思わず大声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください! これは一体どういうことですか……?」
「どういうこと、と言いますと……?」
「ですから、どうして社長がいらっしゃるんですか?」
「ここは社長の自宅ですから」
平然と七滝さんが答える。まるで、私の方が「何を言ってるんだ」というような目で。
「いやいや、私は自分の新居に来たんです! 明日から本社で働くから、会社が用意してくれるっていう……」
「ですからここが姫松さんの……」
何やら話が嚙み合ってなさそうだ。
どう説明すればいいのだろうと悩んでいると、椅子に座っていた社長が立ち上がった。
「……まさか、何も聞いてないのか?」
「何を、でしょうか?」
「これから二週間、ここで一緒に暮らすという話だが」
「一緒にって……私と、社長がってことではないですよね……?」
そんなことはありえないと思いながらも、念のため聞き返してみる。
すると、社長はひとつも間を置くことなく「ああ」と頷いた。
「ええ!? う、嘘です、そんなこと何も聞いてないです!」
私の反応を不思議に思ったのか、社長と七滝さんが訝しげに目を合わせている。
そのあとで冷静に口を開いた。
「先に説明する。ひとまず座ってくれ」
戸惑う気持ちが先行してしまうけれど、今は話を聞くしかほかはない。
「はい……」
先行き不安な思いを胸に、促されるままに社長の目の前に腰を下ろした。
ダイニングテーブルの奥には、ソファとローテーブルと大きなテレビ。反対側を見ると、スッキリと整理整頓されたキッチンが目に入った。
どちらも必要最低限の家具が、置かれているといった状態。まるで、高級賃貸マンションのチラシに載っているモデルルームのような、はたまたホテルのスイートルームよう。
とは言っても、住んだことや泊まったことはないから、あくまでイメージでしかないのだけれど。
それほどまでに生活感のない部屋には、社長と同じく無機質という言葉がぴったりだ。
私と社長が向かい合っている間に、七滝さんはキッチンでコーヒーを淹れてくれていた。
しんとした室内で、コポコポとコーヒーメーカーの音だけが響く。
その静寂を先に破ったのは、社長だった。
「それで、君は何も知らずにここに来たという解釈でいいのか」
「はい……異動先の部署のことはちゃんと聞いてました。ただ住む家に関しては、支店長から会社側で用意があるから、と」
きっと社宅だろうと思い込んでいたし、正直ここ二週間は忙しすぎて、自分の住むマンションを調べる余裕などはなかった。調べても最寄り駅と、近くにどんなお店があるかくらいだ。
「……だが、君は承諾してサインをしているはずだが」
「サイン、ですか?」
社長の合図で、キッチンにいた七滝さんがファイルを持ってくる。
目の前に出された書類には、ホッチキスで止められた紙が二枚ほど。契約書のようなものだった。
「これ……」
「契約書だ。ここに君の名前が書いてある」
見れば、確かにそこには私の名前が記載されている。確かこれは、異動を承諾した際に支店長から「新しい雇用契約書」だと言って渡されたものだった。
けれど、私が見たときは一枚の紙だったはず。
「すみません、失礼します」
用紙を手に取ってめくると、初見の契約書が重なっていた。
「こんなの、見てないです……『遺伝子マッチングサービス導入による試験について』……?」
一番最初に目に入った言葉を口にすると、社長が小さくため息をついた。
「そうか。あまりにすんなりと承諾してくれるから何かと思ったが……手違いがあったのかもしれない」
「どういうことですか? そもそもこの契約書って……」
内容をきちんと確認しようと、もう一度契約書に目を落とす。
しかし社長は「話した方が早い」と、姿勢を正した。
「今社内で遺伝子マッチングシステムを使ったサービスを婚活事業に導入できないかと話が上がっている。Fatumの会員紹介や、婚活パーティーなどで幅広く使えるようにな」
「遺伝子……」
「ああ、人の相性は遺伝子レベルで決まっているというものだ。聞いたことあるか?」
「はい、なんとなくですが……」
他社の話ではあるが、聞いたことはある。会員の遺伝子検査を行い、企業側で相性が良いカップルをマッチングさせるらしい。
通常よりも成婚率が高いと一時期話題になっており、巷ではDNA婚活とも呼ばれている。
「以前から社内で話題には上がっていたんだが、今回システムを提供してくれるという会社から直々にオファーがあって話が本格化したんだ。ただ、遺伝子マッチングはまだ他社でも実績が少ない上、費用対効果が見込めないところがある。だからこそ、すぐの導入には踏み切れず、今回試験を行うことになった」
私が反応する隙も無く、淡々とした説明が終わると、七滝さんがコーヒーカップを持ってきてくれた。
そこで一区切りついたのか、社長が自分のコーヒーカップに口を付けたのを見計らって口を挟む。
ひとつ、ふたつ……やはり一人暮らしにしては多すぎるドアの数を確認しながら、案内されるがままに中央のドアの前まで進んだ。
「失礼します」
七滝さんがドアを開けると、広いリビングに置かれたダイニングテーブルの椅子に、先日顔を合わせた人物が座っていた。
「しゃ、社長……!?」
今日は黒縁の眼鏡をかけて雰囲気は違っているが、一度会った彼を見間違えるわけがない。
社長は眼鏡を外すと、手に持っていたタブレットを置いてこちらを見た。
「ああ、着いたか。七滝、先に部屋を案内してやってくれ」
「かしこまりました。姫松さん、こちらへ」
驚きを隠せない私をよそに、二人は淡々と会話をしている。
そのまま部屋に案内されそうになったけれど、思わず大声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください! これは一体どういうことですか……?」
「どういうこと、と言いますと……?」
「ですから、どうして社長がいらっしゃるんですか?」
「ここは社長の自宅ですから」
平然と七滝さんが答える。まるで、私の方が「何を言ってるんだ」というような目で。
「いやいや、私は自分の新居に来たんです! 明日から本社で働くから、会社が用意してくれるっていう……」
「ですからここが姫松さんの……」
何やら話が嚙み合ってなさそうだ。
どう説明すればいいのだろうと悩んでいると、椅子に座っていた社長が立ち上がった。
「……まさか、何も聞いてないのか?」
「何を、でしょうか?」
「これから二週間、ここで一緒に暮らすという話だが」
「一緒にって……私と、社長がってことではないですよね……?」
そんなことはありえないと思いながらも、念のため聞き返してみる。
すると、社長はひとつも間を置くことなく「ああ」と頷いた。
「ええ!? う、嘘です、そんなこと何も聞いてないです!」
私の反応を不思議に思ったのか、社長と七滝さんが訝しげに目を合わせている。
そのあとで冷静に口を開いた。
「先に説明する。ひとまず座ってくれ」
戸惑う気持ちが先行してしまうけれど、今は話を聞くしかほかはない。
「はい……」
先行き不安な思いを胸に、促されるままに社長の目の前に腰を下ろした。
ダイニングテーブルの奥には、ソファとローテーブルと大きなテレビ。反対側を見ると、スッキリと整理整頓されたキッチンが目に入った。
どちらも必要最低限の家具が、置かれているといった状態。まるで、高級賃貸マンションのチラシに載っているモデルルームのような、はたまたホテルのスイートルームよう。
とは言っても、住んだことや泊まったことはないから、あくまでイメージでしかないのだけれど。
それほどまでに生活感のない部屋には、社長と同じく無機質という言葉がぴったりだ。
私と社長が向かい合っている間に、七滝さんはキッチンでコーヒーを淹れてくれていた。
しんとした室内で、コポコポとコーヒーメーカーの音だけが響く。
その静寂を先に破ったのは、社長だった。
「それで、君は何も知らずにここに来たという解釈でいいのか」
「はい……異動先の部署のことはちゃんと聞いてました。ただ住む家に関しては、支店長から会社側で用意があるから、と」
きっと社宅だろうと思い込んでいたし、正直ここ二週間は忙しすぎて、自分の住むマンションを調べる余裕などはなかった。調べても最寄り駅と、近くにどんなお店があるかくらいだ。
「……だが、君は承諾してサインをしているはずだが」
「サイン、ですか?」
社長の合図で、キッチンにいた七滝さんがファイルを持ってくる。
目の前に出された書類には、ホッチキスで止められた紙が二枚ほど。契約書のようなものだった。
「これ……」
「契約書だ。ここに君の名前が書いてある」
見れば、確かにそこには私の名前が記載されている。確かこれは、異動を承諾した際に支店長から「新しい雇用契約書」だと言って渡されたものだった。
けれど、私が見たときは一枚の紙だったはず。
「すみません、失礼します」
用紙を手に取ってめくると、初見の契約書が重なっていた。
「こんなの、見てないです……『遺伝子マッチングサービス導入による試験について』……?」
一番最初に目に入った言葉を口にすると、社長が小さくため息をついた。
「そうか。あまりにすんなりと承諾してくれるから何かと思ったが……手違いがあったのかもしれない」
「どういうことですか? そもそもこの契約書って……」
内容をきちんと確認しようと、もう一度契約書に目を落とす。
しかし社長は「話した方が早い」と、姿勢を正した。
「今社内で遺伝子マッチングシステムを使ったサービスを婚活事業に導入できないかと話が上がっている。Fatumの会員紹介や、婚活パーティーなどで幅広く使えるようにな」
「遺伝子……」
「ああ、人の相性は遺伝子レベルで決まっているというものだ。聞いたことあるか?」
「はい、なんとなくですが……」
他社の話ではあるが、聞いたことはある。会員の遺伝子検査を行い、企業側で相性が良いカップルをマッチングさせるらしい。
通常よりも成婚率が高いと一時期話題になっており、巷ではDNA婚活とも呼ばれている。
「以前から社内で話題には上がっていたんだが、今回システムを提供してくれるという会社から直々にオファーがあって話が本格化したんだ。ただ、遺伝子マッチングはまだ他社でも実績が少ない上、費用対効果が見込めないところがある。だからこそ、すぐの導入には踏み切れず、今回試験を行うことになった」
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