恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
出会いは突然に(4)
その日の仕事を終えると、興奮した様子で茜ちゃんが近づいてきた。
「ねえ、仁菜ちゃん本社行くって本当!?」
「えっ」
「支店長がさっき漏らしてたよ? 昼間の話って異動のことだったんだね」
茜ちゃんに話すということは、もう異動は確実だと思われているということか。
私はまだ返事すらしてないのに、ちょっと強引な気もするけど。
「うん。でもちょっと迷ってて……」
「は、何で!?」
素直な気持ちを伝えると、茜ちゃんは食い気味に身を乗り出す。
給料のことは除き、昼間の違和感を説明すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「え~、支店長が挙動不審なのっていつもじゃない? 本社の人来るたびに『やばいよやばいよぉ!』とか焦ってんじゃん」
わざと支店長の真似をして、茜ちゃんは首をすくめる。
たしかに言われてみれば、支店長はいつもそんな感じだ。落ち着きはないし、どこかビクビクしている。
「それにほら、わざわざ社長が来るなんて……」
「支店からの異動が異例なんじゃない? 本社出向の人とか支店長クラスはあるかもしれないけど、うちらなんてただの平のカウンセラーじゃん?」
「た、たしかに……」
私たちは元々エリア限定のカウンセラーとして採用されており、本社勤務の総合職とはまた職種が異なっている。
そのため、一カウンセラーが本社異動を命じられることは異例な内示にも思えたし、少なくとも五年この会社にいて一度も聞いたことはない。
「仁菜ちゃんは成績もいいし表彰されてるしさ。大抜擢だったんだよ! てかこんな嬉しい話、断る理由なんてなくない?」
「そうだよね、ありがたいお話だよね」
半日、ずっと考えながら仕事をしていたけれど、茜ちゃんに言われると妙に説得力がある。
異動を受け入れようと気持ちが固まると、彼女は唸り声をあげながらデスクに項垂れた。
「あ~でも羨ましい! 東京とかお洒落なお店もいっぱいだしさ、イケメンとの出会いも多そうじゃん!? アタシも行きたい~」
「そう? お金かかりそうだけど……」
「まあアタシら薄給だしね……。あ、イケメンと言えばさ、社長どうだった!? 社内報とかで見る感じだと結構イケメンだよね?」
「ああ、うん。すごい顔整ってたけど」
「やっぱり!? どういう系? 仁菜ちゃんのタイプではなかった?」
「うーん……」
タイプかどうかと聞かれたらよく分からない。それ以前に、あそこまで整った容姿の男性は、今まで見たことがないと言っても過言ではないほど。
ただ感情が読み取れないからなのか、まるで作り物のような印象を受けた。
「……うまく言えないけど、なんかオーラがある感じかな」
一言で言い表せない気持ちを、適当な言葉で片づけると、茜ちゃんは納得したように頷く。
「ふーん、さすが社長って感じなのね~。アタシもぜひお目にかかりたかったわ」
「はは、私は緊張してそれどころじゃなかったけど」
今思い出しても、昼間のピリピリとした空気感はもう味わいたくない。
軽く苦笑すると、茜ちゃんは大きくため息をついた。
「でもさ、仁菜ちゃんが辞めちゃうのは寂しいな~。いっそのことアタシも辞めようかな」
「うそ!?」
「まあ冗談だけど。何かポロッとさ。男性会員とかと付き合えないかな~とか思ってたけど、なかなか上手くいかないもんだね」
「茜ちゃんそんなこと考えてたの!?」
一瞬それも冗談かと思いきや、彼女は本気らしい。それどころか「当たり前じゃん!」と勢いよく声をあげた。
「だって結婚したい男が集まるところだよ? 高収入の人に見初められてとか期待しちゃうじゃん? でも実際そんな上手く行かないもんだね」
五年も一緒にいて、彼女の密かな野望を初めて知り、感心する。
さすが茜ちゃんだ。私はそんなこと、一度も考えたことはなかった。
「仁菜ちゃんも、東京に行ったらイケメン彼氏作っちゃいなよ」
「私?」
「だって、しばらく彼氏いないじゃん。もったいない。若いうちに楽しまなきゃ~」
そう言って茜ちゃんがウィンクする。
恋愛経験は人並みにはあるけれど、毎回告白されてなんとなく付き合うだけで、しばらくして振られるの繰り返し。そのうちに恋愛が面倒になってしまって、ここ数年は彼氏がいなかった。
もちろん、仕事が忙しいのも理由のひとつではあると思うけれど。
「彼氏、か…」
「そうそう! あ、でもその前に社畜卒業しなきゃだよ? ま、この会社にいたら本社行っても無理かもしれないけど」
「あ……」
言いながら茜ちゃんは、私が持ってたファイルを取り上げる。
「これデータ入力のやつでしょ? また誰かに頼まれたんだ」
「う、うん」
「は~マジで仕事しすぎ。アタシも手伝うからさ、さっさと終わらせちゃおう」
「ありがとう、茜ちゃん」
つい仕事をし過ぎてしまう私に、茜ちゃんはいつも助け舟を出してくれていた。
感謝しながら残りの作業を進めていると、彼女は忘れていたように話を戻す。
「あ、そうだ。東京で良い人いたら、紹介してね? できればハイスペックな男!」
「ふふ、了解」
どこまでも抜け目ない茜ちゃんは、ここまで来ると清々しい。素直で、嘘のない彼女の性格に、これまで何度も励まされてきた。
本社に異動になれば、茜ちゃんと仕事ができるのもあと僅か。
長年お世話になった支店を離れるのは寂しいけれど、せっかく与えられた機会なのだから頑張ってみよう。
そう思い、支店長に返事をしようと決めたのだった。
「ねえ、仁菜ちゃん本社行くって本当!?」
「えっ」
「支店長がさっき漏らしてたよ? 昼間の話って異動のことだったんだね」
茜ちゃんに話すということは、もう異動は確実だと思われているということか。
私はまだ返事すらしてないのに、ちょっと強引な気もするけど。
「うん。でもちょっと迷ってて……」
「は、何で!?」
素直な気持ちを伝えると、茜ちゃんは食い気味に身を乗り出す。
給料のことは除き、昼間の違和感を説明すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「え~、支店長が挙動不審なのっていつもじゃない? 本社の人来るたびに『やばいよやばいよぉ!』とか焦ってんじゃん」
わざと支店長の真似をして、茜ちゃんは首をすくめる。
たしかに言われてみれば、支店長はいつもそんな感じだ。落ち着きはないし、どこかビクビクしている。
「それにほら、わざわざ社長が来るなんて……」
「支店からの異動が異例なんじゃない? 本社出向の人とか支店長クラスはあるかもしれないけど、うちらなんてただの平のカウンセラーじゃん?」
「た、たしかに……」
私たちは元々エリア限定のカウンセラーとして採用されており、本社勤務の総合職とはまた職種が異なっている。
そのため、一カウンセラーが本社異動を命じられることは異例な内示にも思えたし、少なくとも五年この会社にいて一度も聞いたことはない。
「仁菜ちゃんは成績もいいし表彰されてるしさ。大抜擢だったんだよ! てかこんな嬉しい話、断る理由なんてなくない?」
「そうだよね、ありがたいお話だよね」
半日、ずっと考えながら仕事をしていたけれど、茜ちゃんに言われると妙に説得力がある。
異動を受け入れようと気持ちが固まると、彼女は唸り声をあげながらデスクに項垂れた。
「あ~でも羨ましい! 東京とかお洒落なお店もいっぱいだしさ、イケメンとの出会いも多そうじゃん!? アタシも行きたい~」
「そう? お金かかりそうだけど……」
「まあアタシら薄給だしね……。あ、イケメンと言えばさ、社長どうだった!? 社内報とかで見る感じだと結構イケメンだよね?」
「ああ、うん。すごい顔整ってたけど」
「やっぱり!? どういう系? 仁菜ちゃんのタイプではなかった?」
「うーん……」
タイプかどうかと聞かれたらよく分からない。それ以前に、あそこまで整った容姿の男性は、今まで見たことがないと言っても過言ではないほど。
ただ感情が読み取れないからなのか、まるで作り物のような印象を受けた。
「……うまく言えないけど、なんかオーラがある感じかな」
一言で言い表せない気持ちを、適当な言葉で片づけると、茜ちゃんは納得したように頷く。
「ふーん、さすが社長って感じなのね~。アタシもぜひお目にかかりたかったわ」
「はは、私は緊張してそれどころじゃなかったけど」
今思い出しても、昼間のピリピリとした空気感はもう味わいたくない。
軽く苦笑すると、茜ちゃんは大きくため息をついた。
「でもさ、仁菜ちゃんが辞めちゃうのは寂しいな~。いっそのことアタシも辞めようかな」
「うそ!?」
「まあ冗談だけど。何かポロッとさ。男性会員とかと付き合えないかな~とか思ってたけど、なかなか上手くいかないもんだね」
「茜ちゃんそんなこと考えてたの!?」
一瞬それも冗談かと思いきや、彼女は本気らしい。それどころか「当たり前じゃん!」と勢いよく声をあげた。
「だって結婚したい男が集まるところだよ? 高収入の人に見初められてとか期待しちゃうじゃん? でも実際そんな上手く行かないもんだね」
五年も一緒にいて、彼女の密かな野望を初めて知り、感心する。
さすが茜ちゃんだ。私はそんなこと、一度も考えたことはなかった。
「仁菜ちゃんも、東京に行ったらイケメン彼氏作っちゃいなよ」
「私?」
「だって、しばらく彼氏いないじゃん。もったいない。若いうちに楽しまなきゃ~」
そう言って茜ちゃんがウィンクする。
恋愛経験は人並みにはあるけれど、毎回告白されてなんとなく付き合うだけで、しばらくして振られるの繰り返し。そのうちに恋愛が面倒になってしまって、ここ数年は彼氏がいなかった。
もちろん、仕事が忙しいのも理由のひとつではあると思うけれど。
「彼氏、か…」
「そうそう! あ、でもその前に社畜卒業しなきゃだよ? ま、この会社にいたら本社行っても無理かもしれないけど」
「あ……」
言いながら茜ちゃんは、私が持ってたファイルを取り上げる。
「これデータ入力のやつでしょ? また誰かに頼まれたんだ」
「う、うん」
「は~マジで仕事しすぎ。アタシも手伝うからさ、さっさと終わらせちゃおう」
「ありがとう、茜ちゃん」
つい仕事をし過ぎてしまう私に、茜ちゃんはいつも助け舟を出してくれていた。
感謝しながら残りの作業を進めていると、彼女は忘れていたように話を戻す。
「あ、そうだ。東京で良い人いたら、紹介してね? できればハイスペックな男!」
「ふふ、了解」
どこまでも抜け目ない茜ちゃんは、ここまで来ると清々しい。素直で、嘘のない彼女の性格に、これまで何度も励まされてきた。
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