恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
出会いは突然に(2)
来客室の前に到着すると、支店長は深く深呼吸をする。緊張するのは私の方なのに、彼の方がひどく動揺しているように見えた。
社長は確か、二十代の若さで起業し、あの手この手でこの会社を急成長させた敏腕社長と聞いている。そして写真を見る限りだとイケメンだったような。あまり興味がなかったので、まじまじとは見ていないけれど。
その程度の情報だけを思い出していると、支店長が「行くよ」と気合を入れてドアをノックした。
コンコンコン、と控え目なノックの後、すぐに中から低く落ち着いた声が聞こえてくる。
「どうぞ」
その声と共に、支店長がドアノブに手をかけた。
「し、失礼します……」
「失礼します」
支店長の後に続いて部屋に入り、お辞儀をする。
社長とは、どんな方なのだろうか。
優しい? 厳格? それとも――
緊張半分、興味半分で顔をあげると、スラッと背の高いカジュアルなスーツを身に纏った男性が目に入った。
「あ……」
透き通った肌に黒髪。程よい切れ長の目から覗かせた瞳は、一瞬蒼く見えるほどに澄んでいる。目が合った瞬間吸い込まれてしまうような不思議な感覚に言葉を失っていると、社長が口を開いた。
「君が姫松さん?」
「は、はい。お疲れ様です……!」
果たして社長への挨拶の仕方はこれで合っていたのだろうか。
しかし無意識に出てしまった言葉をしまい込むことはできず、失礼のないようにもう一度深く頭を下げた。
「お疲れ様。急に呼び出して悪かった。社長の羅賀だ。座って」
羅賀啓。社内報で何度か目にした、彼の名前だ。
社内報で見ていたよりもずっとオーラがあって恐縮してしまう。
社長は自ら椅子にかけながら、私にも座るようにと促した。
「失礼します……」
おそるおそる目の前の椅子に腰掛けると、彼は何も言わずにじっと私を見つめた。
一言で言えば整っている顔立ち。だけど無機質な表情からは一切の感情を読み取れない。
来客室の椅子は、こんなに硬かっただろうか。それとも私の体が強張っているのか。
どうして呼び出されたのか等、聞きたいことはあったけれど、冷たい瞳で射貫かれるとその言葉すら出てこなかった。
恐縮しながらも目をそらせずにいると、社長はスッと手元の紙に視線を下ろす。
体感、永遠にも思えるような沈黙の後で、ゆっくりと口を開いた。
「入社して五年、か……こうして話すのは初めてだな」
「はい。社内報などはいつも拝見しております……」
「ああ、わざわざ写真を載せなくてもと言っているんだがな」
「い、いえ。社長にお目にかかる機会はないので、ありがたいです」
「……そうだな。支店にはなかなか顔を出せないから、そういう意味もあるか」
淡々とした会話。これは世間話なのだろうか。
彼が時折目を落とす紙には、何が書かれているのかは分からないが、私の情報が書かれている可能性も否めない。なぜなら先ほどから、品定めするかのような、探るような視線を向けてくるから。
おかげで緊張で喉が乾き出しているというのに、唾を飲み込むことすらままならない。
「カウンセラーの仕事はどうだ? 好きか?」
「は、はい。直接お客様と接することができるので、大変なこともありますが喜びを感じることも大きいです」
自分でも驚くほどスルスルと、口から出てきた模範解答を並べる。
社長が納得したように頷いてくれたので、ほっと胸をなでおろした。
「そうか。支店の中でも高い成婚率をあげてくれているみたいだな。助かってるよ」
「そんな、恐れ入ります」
もう何度目かも分からないが、もう一度頭を下げる。
もしかするとクビにでもされるのかと、最悪の事態が頭を過ったが、褒められたことでそれは杞憂だと判断した。
そうであれば、やはりなぜ呼び出されたのか……。
真意を確かめるように彼を見ると肩が揺れ、小さく息を吸うのがわかった。
「単刀直入に聞く。今、恋人はいるか?」
「えっ!? こ、恋人ですか……?」
突飛な質問に、思わず声が裏返ってしまう。
驚く私とは反対に、彼はやけに真剣な表情だ。
「どうなんだ?」
「いないですけど……」
「一方的でもいい。意中の相手は?」
「……も、いないです」
結婚相談所を運営する企業だ。何か仕事に関わることだと思い、正直に答える。
すると彼はどこか安堵したように息をついた。
社長は確か、二十代の若さで起業し、あの手この手でこの会社を急成長させた敏腕社長と聞いている。そして写真を見る限りだとイケメンだったような。あまり興味がなかったので、まじまじとは見ていないけれど。
その程度の情報だけを思い出していると、支店長が「行くよ」と気合を入れてドアをノックした。
コンコンコン、と控え目なノックの後、すぐに中から低く落ち着いた声が聞こえてくる。
「どうぞ」
その声と共に、支店長がドアノブに手をかけた。
「し、失礼します……」
「失礼します」
支店長の後に続いて部屋に入り、お辞儀をする。
社長とは、どんな方なのだろうか。
優しい? 厳格? それとも――
緊張半分、興味半分で顔をあげると、スラッと背の高いカジュアルなスーツを身に纏った男性が目に入った。
「あ……」
透き通った肌に黒髪。程よい切れ長の目から覗かせた瞳は、一瞬蒼く見えるほどに澄んでいる。目が合った瞬間吸い込まれてしまうような不思議な感覚に言葉を失っていると、社長が口を開いた。
「君が姫松さん?」
「は、はい。お疲れ様です……!」
果たして社長への挨拶の仕方はこれで合っていたのだろうか。
しかし無意識に出てしまった言葉をしまい込むことはできず、失礼のないようにもう一度深く頭を下げた。
「お疲れ様。急に呼び出して悪かった。社長の羅賀だ。座って」
羅賀啓。社内報で何度か目にした、彼の名前だ。
社内報で見ていたよりもずっとオーラがあって恐縮してしまう。
社長は自ら椅子にかけながら、私にも座るようにと促した。
「失礼します……」
おそるおそる目の前の椅子に腰掛けると、彼は何も言わずにじっと私を見つめた。
一言で言えば整っている顔立ち。だけど無機質な表情からは一切の感情を読み取れない。
来客室の椅子は、こんなに硬かっただろうか。それとも私の体が強張っているのか。
どうして呼び出されたのか等、聞きたいことはあったけれど、冷たい瞳で射貫かれるとその言葉すら出てこなかった。
恐縮しながらも目をそらせずにいると、社長はスッと手元の紙に視線を下ろす。
体感、永遠にも思えるような沈黙の後で、ゆっくりと口を開いた。
「入社して五年、か……こうして話すのは初めてだな」
「はい。社内報などはいつも拝見しております……」
「ああ、わざわざ写真を載せなくてもと言っているんだがな」
「い、いえ。社長にお目にかかる機会はないので、ありがたいです」
「……そうだな。支店にはなかなか顔を出せないから、そういう意味もあるか」
淡々とした会話。これは世間話なのだろうか。
彼が時折目を落とす紙には、何が書かれているのかは分からないが、私の情報が書かれている可能性も否めない。なぜなら先ほどから、品定めするかのような、探るような視線を向けてくるから。
おかげで緊張で喉が乾き出しているというのに、唾を飲み込むことすらままならない。
「カウンセラーの仕事はどうだ? 好きか?」
「は、はい。直接お客様と接することができるので、大変なこともありますが喜びを感じることも大きいです」
自分でも驚くほどスルスルと、口から出てきた模範解答を並べる。
社長が納得したように頷いてくれたので、ほっと胸をなでおろした。
「そうか。支店の中でも高い成婚率をあげてくれているみたいだな。助かってるよ」
「そんな、恐れ入ります」
もう何度目かも分からないが、もう一度頭を下げる。
もしかするとクビにでもされるのかと、最悪の事態が頭を過ったが、褒められたことでそれは杞憂だと判断した。
そうであれば、やはりなぜ呼び出されたのか……。
真意を確かめるように彼を見ると肩が揺れ、小さく息を吸うのがわかった。
「単刀直入に聞く。今、恋人はいるか?」
「えっ!? こ、恋人ですか……?」
突飛な質問に、思わず声が裏返ってしまう。
驚く私とは反対に、彼はやけに真剣な表情だ。
「どうなんだ?」
「いないですけど……」
「一方的でもいい。意中の相手は?」
「……も、いないです」
結婚相談所を運営する企業だ。何か仕事に関わることだと思い、正直に答える。
すると彼はどこか安堵したように息をついた。
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