恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~
出会いは突然に(1)
「ご成婚おめでとうございます!」
心からの笑顔を浮かべ、胸の前で大きな拍手を送る。両脇から、人工の花びらを舞わせる係までついて盛大に。
今日もまた一組、私が担当していた会員が結婚相談所『Fatum』を卒業した。
「ありがとうございます! 本当に、姫松さんのおかげです。どうお礼をするべきか……」
「いえいえ。私は幸せになるお手伝いをさせていただいただけですから」
「そんな! いつも親身に話を聞いてくれて……心折れそうになったとき何度も助けられたんです」
祝福された男女はどこか照れくさそうに目を合わせる。
「おかげさまで素敵な人に出会えました。彼とも話してるんです、お互い運命の人じゃないかって、ね?」
「はい。出会った時からそう感じてて……。本当にお世話になりました」
お互いにそんな風に思える相手に出会えるなんて、とても幸せなこと。
二人は改めて深くお辞儀をすると、とびっきりの幸せそうな笑顔を浮かべて相談所を去っていった。
ここFatumは結婚相談所でもトップの成婚率を持っており、年々会員数はうなぎ上り。
そして東京に本社を構える人材サービス企業、株式会社DEAMが、私たちの運営元の会社である。
設立自体は十年足らずの比較的新しい会社だが、婚活事業を中心に飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し、Fatumの店舗は関東を中心に十数店舗。主に婚活市場の中で手広く事業を展開しているが、最近ではウェディング事業などにも手を出し始めている企業である。
そして私、姫松仁菜は、婚活カウンセラーとしてDEAMへ入社し、今年で五年目の二十七歳。今では人気カウンセラーとして、指名してくれる人もたくさんいる。
人を相手にする仕事は大変なことも多く、正直あまり割りが良い仕事ではないけれど、こうして会員に感謝される度に「頑張ってきてよかったな」と思えた。
次の会員との予約の時間を確認すると、休憩のため一度スタッフルームへと足を運んだ。
「さすが仁菜ちゃん! 今月も成婚率トップじゃない?」
事務所に戻ると、同僚の谷地茜が先に休憩に入っていた。
会員に不快を与えないギリギリの明るさの髪をハーフアップにまとめ上げ、これまたギリギリのネイルを施している、まさにお洒落を愛する女子。彼女は新卒で入った同期で、初めこそ配属店舗は別々だったものの、入社当初からとても気が合い、プライベートでも会うほどの仲だ。
「うーん、どうだろ。もしそうでも大して恩恵受けられないけどね」
「本当だよね! マジでブラックすぎ! てか仁菜ちゃんくらい仕事ができるなら、わざわざこんな仕事選ばなくてもいいのに。どう見ても働き過ぎだし」
「あはは、それは言い過ぎだよ~」
「だってこの間も表彰されてたじゃん」
ありがたいことに、ここ数年は店舗の中でも成婚率トップのカウンセラーとなり、何度か表彰を受けていた。
と言っても、貰える賞与は微々たるものだけど。
「なのに他の子たちの雑用も受けちゃうし、もっと手抜けばいいのに~大丈夫?」
「ほら、忙しい時はお互い様だしさ」
「もう仁菜ちゃん優しすぎ! アタシなんてもう自分の仕事すらしたくないわ。あー早く結婚して辞めてやりたい~」
茜ちゃんは深くため息をつき、持参したタンブラーをビールジョッキのごとくがぶ飲みした。
彼女がここまで怒るのは無理はない。この会社以外で働いたことはないけれど、ここは典型的なブラック企業だと思う。
サービス残業を含んだ長時間労働に薄給。加えて仕事内容も単純なものではない。
感謝されるだけならばまだいいが、実際は会員のメンタルケアやクレームなどの対応に追われ、心を病んでしまった人もいた。
そんな劣悪な労働環境に、せっかく新しい社員や派遣が入ってきても、皆短期間で辞めてしまう。おかげで万年の人手不足に頭を悩まされていた。
それでも私が仕事を続けられているのは、幸い人間関係に恵まれた職場であることと、カウンセラーの仕事自体が好きだから。
欲を言えばもう少し給料を上げてもらいたいところだが、贅沢はできなくともなんとか生活はできている。
それから――
「あーもう、マジで給料あげてくれって感じ!」
「ひぃっ!」
茜ちゃんが飲み干したであろうタンブラーを勢いよく机に置くと、スタッフルームの入口から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「あ、支店長」
「ご、ごめんね。僕が不甲斐ないばかりに……」
「本当ですよ! どうにかしてください!」
「ひぃぃぃ、ごめんなさぃぃぃ!」
茜ちゃんにさらに詰められて、支店長が怯えたような声をあげる。
彼は上司にしては気が弱くて、腰がとても低い。私が辞められない原因のもうひとつでもあった。
以前茜ちゃんとの雑談中に、「辞めるか悩んでる」と漏らしたところ、本気で泣かれてしまったことがある。それで残った私も甘いかもしれないけれど、昔から人に頼まれると断れない、そういう性分なのだ。
「ま、支店長にそんな権力ないの分かってますし。こうなったら本社まで行って社長に直談判してやりましょうよ!」
「ええっ!? 谷地さん、そ、それは、さすがにまずいんじゃないかなぁ……?」
「いや、冗談ですけど……何そんなに焦ってるんですか?」
「そ、そんなことないよ!?」
相手は上司だというのに、物怖じもせず意見を述べる茜ちゃんと、申し訳なさそうにへこへこと頭を下げる支店長。いつも通りの光景ではあったのだが、今日は何か違和感があった。
「ていうか、支店長はどうしたんです? この時間、スタッフルーム来るの珍しいですね」
「あ、そうなんだ。実は、姫松さんにお話があってね」
「私ですか?」
「休憩中悪いんだけど、今から少し時間貰えるかな?」
「は、はい? 大丈夫ですけど……」
改まって一体何の話だろう。
支店長も心なしか緊張している気がする。
そう思っていたのはおそらく私だけではなく、茜ちゃんも訝しそうな顔で彼を見た。
「……支店長」
「な、なんだい?」
「仁菜ちゃんにセクハラしちゃだめですよ?」
「し、しないよぉ! するわけないだろぉ!」
「はは、支店長にはそんなことできないでしょうね! じゃ、休憩終わったんで失礼しまーす」
ケラケラと笑い声を残して、茜ちゃんが風のように去っていく。
二人きりになったスタッフルームが急に静かになり、おそるおそる口を開いた。
「あの、それでお話って……?」
「ああ、うん。ちょっとね、社長がね、姫松さんと面談したいって」
「社長、ですか……?」
「今本社からいらっしゃってるんだ。来客室とってあるから、そっちでお話良いかな?」
「え……」
本社から事業部の担当の方が来ることは度々あるが、社長が直々に顔を出すのは初めてかもしれない。
そもそも支店にいる私たちが会社の上層部と会うことなど滅多にない。年に数回、会社の方針を伝える説明会をオンラインで視聴するか、社内報でお目にかかる程度。しかも、私の代は入社時の最終面接ですら副社長だったわけで、面識など一切なかった。
そんな雲の上のような方が、一支店のカウンセラーなんかに一体何の用があるというのだろうか。
「あの……」
「と、とりあえず行こう! 待たせちゃいけないから! ね!」
「ええっ」
事前に疑問を解消したかったけれど、支店長はどこか焦ったようにスタッフルームのドアを開ける。
とりあえず今はついて行くしかないか……。
ただならぬ雰囲気に何も言えず、彼に先導されるままに部屋を出た。
心からの笑顔を浮かべ、胸の前で大きな拍手を送る。両脇から、人工の花びらを舞わせる係までついて盛大に。
今日もまた一組、私が担当していた会員が結婚相談所『Fatum』を卒業した。
「ありがとうございます! 本当に、姫松さんのおかげです。どうお礼をするべきか……」
「いえいえ。私は幸せになるお手伝いをさせていただいただけですから」
「そんな! いつも親身に話を聞いてくれて……心折れそうになったとき何度も助けられたんです」
祝福された男女はどこか照れくさそうに目を合わせる。
「おかげさまで素敵な人に出会えました。彼とも話してるんです、お互い運命の人じゃないかって、ね?」
「はい。出会った時からそう感じてて……。本当にお世話になりました」
お互いにそんな風に思える相手に出会えるなんて、とても幸せなこと。
二人は改めて深くお辞儀をすると、とびっきりの幸せそうな笑顔を浮かべて相談所を去っていった。
ここFatumは結婚相談所でもトップの成婚率を持っており、年々会員数はうなぎ上り。
そして東京に本社を構える人材サービス企業、株式会社DEAMが、私たちの運営元の会社である。
設立自体は十年足らずの比較的新しい会社だが、婚活事業を中心に飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し、Fatumの店舗は関東を中心に十数店舗。主に婚活市場の中で手広く事業を展開しているが、最近ではウェディング事業などにも手を出し始めている企業である。
そして私、姫松仁菜は、婚活カウンセラーとしてDEAMへ入社し、今年で五年目の二十七歳。今では人気カウンセラーとして、指名してくれる人もたくさんいる。
人を相手にする仕事は大変なことも多く、正直あまり割りが良い仕事ではないけれど、こうして会員に感謝される度に「頑張ってきてよかったな」と思えた。
次の会員との予約の時間を確認すると、休憩のため一度スタッフルームへと足を運んだ。
「さすが仁菜ちゃん! 今月も成婚率トップじゃない?」
事務所に戻ると、同僚の谷地茜が先に休憩に入っていた。
会員に不快を与えないギリギリの明るさの髪をハーフアップにまとめ上げ、これまたギリギリのネイルを施している、まさにお洒落を愛する女子。彼女は新卒で入った同期で、初めこそ配属店舗は別々だったものの、入社当初からとても気が合い、プライベートでも会うほどの仲だ。
「うーん、どうだろ。もしそうでも大して恩恵受けられないけどね」
「本当だよね! マジでブラックすぎ! てか仁菜ちゃんくらい仕事ができるなら、わざわざこんな仕事選ばなくてもいいのに。どう見ても働き過ぎだし」
「あはは、それは言い過ぎだよ~」
「だってこの間も表彰されてたじゃん」
ありがたいことに、ここ数年は店舗の中でも成婚率トップのカウンセラーとなり、何度か表彰を受けていた。
と言っても、貰える賞与は微々たるものだけど。
「なのに他の子たちの雑用も受けちゃうし、もっと手抜けばいいのに~大丈夫?」
「ほら、忙しい時はお互い様だしさ」
「もう仁菜ちゃん優しすぎ! アタシなんてもう自分の仕事すらしたくないわ。あー早く結婚して辞めてやりたい~」
茜ちゃんは深くため息をつき、持参したタンブラーをビールジョッキのごとくがぶ飲みした。
彼女がここまで怒るのは無理はない。この会社以外で働いたことはないけれど、ここは典型的なブラック企業だと思う。
サービス残業を含んだ長時間労働に薄給。加えて仕事内容も単純なものではない。
感謝されるだけならばまだいいが、実際は会員のメンタルケアやクレームなどの対応に追われ、心を病んでしまった人もいた。
そんな劣悪な労働環境に、せっかく新しい社員や派遣が入ってきても、皆短期間で辞めてしまう。おかげで万年の人手不足に頭を悩まされていた。
それでも私が仕事を続けられているのは、幸い人間関係に恵まれた職場であることと、カウンセラーの仕事自体が好きだから。
欲を言えばもう少し給料を上げてもらいたいところだが、贅沢はできなくともなんとか生活はできている。
それから――
「あーもう、マジで給料あげてくれって感じ!」
「ひぃっ!」
茜ちゃんが飲み干したであろうタンブラーを勢いよく机に置くと、スタッフルームの入口から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「あ、支店長」
「ご、ごめんね。僕が不甲斐ないばかりに……」
「本当ですよ! どうにかしてください!」
「ひぃぃぃ、ごめんなさぃぃぃ!」
茜ちゃんにさらに詰められて、支店長が怯えたような声をあげる。
彼は上司にしては気が弱くて、腰がとても低い。私が辞められない原因のもうひとつでもあった。
以前茜ちゃんとの雑談中に、「辞めるか悩んでる」と漏らしたところ、本気で泣かれてしまったことがある。それで残った私も甘いかもしれないけれど、昔から人に頼まれると断れない、そういう性分なのだ。
「ま、支店長にそんな権力ないの分かってますし。こうなったら本社まで行って社長に直談判してやりましょうよ!」
「ええっ!? 谷地さん、そ、それは、さすがにまずいんじゃないかなぁ……?」
「いや、冗談ですけど……何そんなに焦ってるんですか?」
「そ、そんなことないよ!?」
相手は上司だというのに、物怖じもせず意見を述べる茜ちゃんと、申し訳なさそうにへこへこと頭を下げる支店長。いつも通りの光景ではあったのだが、今日は何か違和感があった。
「ていうか、支店長はどうしたんです? この時間、スタッフルーム来るの珍しいですね」
「あ、そうなんだ。実は、姫松さんにお話があってね」
「私ですか?」
「休憩中悪いんだけど、今から少し時間貰えるかな?」
「は、はい? 大丈夫ですけど……」
改まって一体何の話だろう。
支店長も心なしか緊張している気がする。
そう思っていたのはおそらく私だけではなく、茜ちゃんも訝しそうな顔で彼を見た。
「……支店長」
「な、なんだい?」
「仁菜ちゃんにセクハラしちゃだめですよ?」
「し、しないよぉ! するわけないだろぉ!」
「はは、支店長にはそんなことできないでしょうね! じゃ、休憩終わったんで失礼しまーす」
ケラケラと笑い声を残して、茜ちゃんが風のように去っていく。
二人きりになったスタッフルームが急に静かになり、おそるおそる口を開いた。
「あの、それでお話って……?」
「ああ、うん。ちょっとね、社長がね、姫松さんと面談したいって」
「社長、ですか……?」
「今本社からいらっしゃってるんだ。来客室とってあるから、そっちでお話良いかな?」
「え……」
本社から事業部の担当の方が来ることは度々あるが、社長が直々に顔を出すのは初めてかもしれない。
そもそも支店にいる私たちが会社の上層部と会うことなど滅多にない。年に数回、会社の方針を伝える説明会をオンラインで視聴するか、社内報でお目にかかる程度。しかも、私の代は入社時の最終面接ですら副社長だったわけで、面識など一切なかった。
そんな雲の上のような方が、一支店のカウンセラーなんかに一体何の用があるというのだろうか。
「あの……」
「と、とりあえず行こう! 待たせちゃいけないから! ね!」
「ええっ」
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