【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

視察4

「だって、玉の輿があるかもしれないでしょーう?」

 えへんと胸を張った上司に灯里は呆れて言った。

「全く……素直に『ヘッドハンティング』って言えばいいのに。奥さん泣くよ?」

 清水はお茶目な表情でささやいてきた。

「しーっ。ダメよ、御曹司に聞かれたら失恋されちゃうじゃない!」

 どうやら、今日の見学客に興味のない人間がもう一人いたらしい。
 二人はケラケラと笑いながら仕事に戻った。


 スタッフも綺麗に化粧した顔を崩さないよう、三々五々着席していく。

 御曹司とやらは清水曰く『天上の方々』と会食をしてからコールセンターに立ち寄るらしい。

 ざわざわ、と気配が波のように押し寄せ、女性スタッフらはすわ、きたか!といろめきたった。

 ちょうどコールされたので灯里は一人出遅れて顧客対応を開始した。

「えー、こちらUNNO海運の……」

 センター長が御曹司を紹介しようとした中、電話が鳴って灯里がちょうどインカムのマイクをオンにした。

『お電話、ありがとうございます。鶴亀通販コールセンター、わたくし美咲灯里が承ります』

 自分が喋り始めたとたん、オフィスがシーンとなったので灯里は慌てて周りをみた。

 見ればセンター中の目が自分を見ている。
 おそらく、人の真ん中にいる御曹司と思われる人物も。

 灯里は慌ててハンドサインでごめんなさい、と送った。
 人の群れに背中を見せて小声で対応を続けた。

 ……なので、灯里はそれからも御曹司が彼女を見ていたことを知らなかった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品