【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

出会いはケアハウス12

 灯里は運転席からバックミラーごしに後ろを見た。
 ここは迎車が必要だ。男性が呼んだだろうタクシーが、まだ来ていない。

 しかし、まもなく到着するだろうから早めにエントランスを明け渡した方が良さそう。

 車椅子の男性より少し前に止めた。
 男性に軽く会釈をする。トランクを開けて、メイク道具を積み込む。
 と。
 男性が勝手に灯里の車の後部座席に乗り込んでしまった。

「あの?」

 タクシーじゃないし、職員の車でもないですよ、と言いかけたのだが。
 車内からじっと見られた。

 一重の切長な黒い瞳。
 思っていたよりも随分若い。
 三十にはなっていないだろう。

 ――まだ若いのに、車椅子だなんて。
 まず思ったのは、そんなこと。
 ついで考えたのは。

 ――どこかで会ったことがあるだろうか。
 懐かしくて、でもドキドキする。

 男性が口を開いた。
 なにを、彼は告げるのか。

「駅まで乗せてもらえますか」

 拍子抜けした。
 低い声は灯里の好みだったが、予想外の言葉だったので目をぱちぱち瞬きしてしまう。

「あ、はい」

 灯里は返事をしてから、なんでがっくりしたのか我ながら不思議に感じた。

 男性はもしかしたら、ここはタクシーを迎車させねばこないところだと知らないのかもしれない。
 タクシーがなかなか捕まらないのに加えて『ケアハウスにくる人間は親切だろう』とでも考えていたのかもしれない。

 ――ま、いっか。

 男性の事情を推理しても仕方がない。
 どうせ、市街地までは戻る。
 駅まで行くのは大した手間ではない。

 ガシャガシャと音がしたので、意識を男性に戻した。
 腕力にものを言わせて車椅子を畳んで持ち上げているところだった。

 積み込みを手つだおうかと思ったが、灯里が手を出した方がかえってバランスが崩れそうだ。

 男性の腕に筋肉が盛り上がっているのを見てとれた。
 上半身がっしりしている。
 座高から察するに立ったら百七十センチ以上はありそうだ。

 髪は伸ばし始めているのだろうか。
 中途半端な長さではあるが、男らしさを損なってはいない。

 無精ひげであったが、ハンサムな男だとセクシーという評価になる。

 美形というのは性別問わず得だなと思う。

 下半身は……チラリと灯里は確認した。
 
 膝掛けなどで隠していない。
 腰を紐で締めるタイプのパンツを履いている。
 足の形はパンツの上から見てとれた。
 しっかりしているように見えたから、長い間車椅子生活をしていないのかと思う。

 事故、病気。
 なんせよ、男性が灯里に説明することはないだろうし、彼女も訊ねるつもりはない。

 灯里の視線を遮るように、後部座席のドアが閉まった。
 灯里は走って運転席へ座り込んだ。
 キーを回し、エンジンをかける。

「出しますね」
「お願いします」

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