【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

出会いはケアハウス10

 ようやく蒼い海を見れるようになった。
 以前はポスターやダイビングの本を見ることすらダメだった。

 『彼』との約束が心の支えだったのに、救出されてしばらくは行きたくても海ぎわにあるケアハウスに近寄ることすらできなかった。 

 助けてくれた『彼』を知ろうと、海保関連の資料を漁ろうとしただけで呼吸困難になった。

「あの時に比べれば、全然マシ」

 今は海が見えるケアハウスでも訪問が可能になった。
 自分はきちんとトラウマを克服しつつある。前を向いて歩いている。

 目指すケアハウスに到着した。

 山下公園を見下ろす好立地にあり、灯里がそれまで開拓していた施設とは明らかに費用格差がある建物だ。

 別荘かと思う瀟酒な建物で、入居者は全員個室。
 スペースもゆったりしており、共同スペースは日光が入って心地よい。

 来客用の駐車スペースに停めさせてもらい、メイク道具を入れたバッグやトランクを運び出す。

「よいしょ……っと」

 黄み、赤み、青み。
 肌質も色々だが、肌の色も人それぞれだ。
 首と浮かないメイクを、と思うとどうしても取り揃える色味は増える。

 人によってはメイクに合わせて髪型を整えたがる人もいるからブロー道具。
 顔ではなく、常に目に入る手のケアを希望する人もいるので、ハンドマッサージ用の腕枕やジェルネイルの用具も準備している。
 だから、いつだって大荷物だ。

 メイク用品をしばらくは自前で調達していた。
 正直いってプロ御用達はそれなりの値段がする。
 だが誰かは善行を見ていてくれたらしい。

 老人専門の美容ラインを立ち上げた会社が灯里の活動を知ったらしく、メイク道具の供給と引き換えにモニターを依頼された。

 そのため施設に断って、住人達にモニターをお願いしている。 
 いきなり脆弱になった老人の肌に使わず、灯里もパッチテストを行なっている。
 灯里自身、使用感や使った後に肌トラブルがないかをレポートにして提出している。

「こんにちはー。本日もよろしくお願いします」
「灯里さん、いらっしゃい。皆さん、お待ちかねですよ」

 挨拶すると、受付のスタッフが愛想よく言ってくれる。

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