僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

和解

 12月の日曜日、有給を勝ち取った私は出かける前に冷蔵庫からピルクルを取り出して飲んでいた。
 「映子、出かけるのか?」
 居間から声を掛けるお父さん。
「うん。彼氏の展覧会行ってくるよ」
 あれからお父さんと徐々に話すようになったけれど、お父さんは心のどこかでまだ思う部分があるみたい。わかってはいるけれど、私にだって譲れない部分はある。
 新聞に目を通すお父さんが座る机の対面側に私も正座をする。
「あのね、お父さん。お父さんが心配してくれてるのはよくわかる。お姉ちゃんが実家を出て、お父さんもお母さんもさみしい分、私によく目が届くんだと思うの。
 でもね、私は薫さんの事大切に想ってるから、お父さんにも薫さんを大切に想ってほしい。心配する気持ちはわかる。でも、私がお父さんを大切に想ってるように、薫さんの事も大切に想ってるの。
 薫さん、私が大学を卒業するまで、ずっと清い交際をしてくれてた。今でも帰る時間だって気にしてくれて。お父さんが早く帰るってラインを入れる日は、薫さん、また今度にするか、早く帰してくれるかしてた。私の事、とても大切にしてくれてるの。
 すごく優しくていい人なの。お母さんもそう言ってる。お父さんを選んだお母さんがそう言うんだから、間違いないよ。
 お父さんとお母さんには、すごく感謝してる。今までだって、これからだって、私の事を大切に育ててくれたから。
 私は薫さんしかいないと思ってる。運命の人だと思ってる。
 だから、暫くは私を信じて、そっと見守ってほしい」
 そう新聞に目線を落としているお父さんに、真剣に伝えた。
 お父さんが新聞から視線を上げ、私の目を見る。
「……わかったよ。パパも、ママのように見守るよ。暫くは。
 映子はヘソを曲げると長いからな」
 溜息をつくお父さん。
「ありがとう!」
 私は笑顔で家を後にした。

 薫さんの元に今すぐ飛んでいきたい気分。早く、薫さんに会いたい。
 お父さんに認めてもらえた事が嬉しくて、私が勤める百貨店で購入したフィナンシェを手に、12月の寒さも忘れてバス停まで思わずスキップをしてしまった。
 小さい子供が、
「ママ~、あのお姉ちゃん、にやにやしてる」
 って言うのが聞こえたけれど、そんなことも気にならなかった。

 会場の県民会館に着くと、外で冷えた耳と頬が温かかった。
 えーと、確か1階のスペースって薫さん言ってた。
 一か所だけ扉が解放されている部屋に着くと、清水さんと薫さんの話声が聞こえてきた。
 ひょっこりと顔を出すと、薫さんがすぐに気づいて声を掛けてくれた。

 「映子ちゃん!」
 薫さんの声に反応して、私の方を振り向いた清水さん。
「おやおや、映子ちゃんじゃないかい! 久しぶり!」
「清水さん! お久しぶりです! お変わりないですね!」
 清水さんは、ネイビーのスーツの上に、黒いコートを着ていた。
 あれ? 薫さんも黒のスーツ着てる。細身のネイビーとスカイブルーで斜めに線が入ったストライプのネクタイには、私がプレゼントをしたネクタイピンをしてくれている。どうしたんだろう。今まで私服で受付してたのに。誰か、お偉いさんでも来てたのかな?

 受付には、沢山の花束があった。菓子折りが入った袋も。
「薫さんも清水さんも、やっぱりスーツ姿決まってますね!」
 照れて頬を掻く薫さん。
「ありがとう! 可愛い子にそう言ってもらえると、お世辞でも嬉しいよ!」
 対照的な清水さん。

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