僕が彼女に執着心を持った時
仲直り
車の中は、暖房で暖かかった。
お互いに無言だった。
懐かしい薫さんの家に入ると、暖かかった。
「あったかい……」
車から降りた時の外との寒暖差に思わずそう呟くと、薫さんが言う。
「うん、映子ちゃん寒がりさんだから、予めセットしといたんだ。
今、あったかいコーヒー持ってくから先に2階に上がってて」
薫さんが玄関の靴棚の上に車と家の鍵を置き、キッチンへ消えた。
懐かしさすら感じる、ミシミシと音を立てる階段を上って薫さんの部屋に入ると、この部屋もまた暖かかった。
薫さんの匂いがする。嗅げるの最後かもしれないから、よく嗅いでおこう。
黒い革張りのソファに腰掛ける。いつもの定位置だったな、と、たった1か月なのに懐かしい。
ギシギシと階段を上る音が聞こえたので、ドアを開けた。
「ありがとう」
2つのマグカップと薫さんが部屋に入った。
薫さんがマグカップをガラステーブルに置いて、私の左隣に腰掛ける。
「それで、話なんだけど」
私は生唾をごくり音を立てて飲み込んだ。
「僕、もしかして、映子ちゃんの事、怒らせちゃったかな? 教えてほしいんだけど。もしそうなら、謝りたい」
薫さんが私の目を真っすぐに見て言った。
私は焦って口を開く。
「違うんです、怒ったとかじゃなくて。私が1人で勝手に水瀬さんにやきもち焼いて、意地になっちゃって。本当にごめんなさい。
薫さん、水瀬さんからのお手紙読んだ時、すごく切ない表情してたから。まだ、水瀬さんのこと忘れられてないのかなって。水瀬さんの事まだ好きだけど、私と付き合ったのかなって考えたら、悲しくなっちゃって。
私は薫さんが初めてのお付き合いで、元カレとかいないからよくわからないけど、薫さんが元カノを想う気持ちも、今なら少し理解できたかな、とは思います」
私の言葉に薫さんが目を丸くする。
「え、やきもち焼いてたの? 怒ったんじゃなくて?」
「怒ったというより、薫さんと水瀬さんの過去にやきもちを焼いて、薫さんが水瀬さんと連絡取って、水瀬さんを好きな気持ちが再燃したらどうしよう、って思ってました」
「それで、しばらく連絡してこないでください、って言ったの?」
「はい……。本当に、ごめんなさい」
薫さんが私をふわっと優しく抱きしめる。
「よかった……。捨てられちゃうんじゃないかと思った。ラインの返事ももう来ない雰囲気だったし、このまま終わりにさせられちゃうんじゃないかって不安だった」
薫さん、別れたかったわけじゃないんだ。薫さんも不安だったんだ。
私はその事実に心の底から安堵し、彼の背中を両手で抱きしめる。
「別れたい訳じゃありません。勘違いさせてしまい、ごめんなさい」
「僕も、やきもち焼かせちゃってごめんね。飛鳥には、連絡はしたけど、映子ちゃんが想像してやきもち焼くような連絡じゃないよ。
映子ちゃんを飛鳥の都合良いように使わないでほしい事を怒って、本は捨てていいって伝えた。あの別れ方があったから今の僕はお陰で映子ちゃんとめぐり合えて幸せだし、もう気にしてないから、これからも元気でね、って。
もう飛鳥の事は好きじゃないよ。安心して。僕には映子ちゃんしか見えないから。飛鳥との事は、今ではそれも良い思い出だと思ってる。
あの時悲しい顔したのは、病気で対処療法も解らず苦しくて、会社でも一杯一杯だった辛かった当時が蘇ったからだよ。飛鳥を想ってじゃない。会社を辞めて東京から逃げてくるくらいには辛かったから」
薫さんから身体を離す。
「そう、だったんですか?」
薫さんが私の両手を自分の両手で包み込んで、私のおでこと薫さんのおでこをくっつける。
「誓う」
「わかりました」
薫さんがもう一度私を抱きしめる。
私は薫さんの胸の中で安心できたところで聞く。
「水瀬さんて、薫さんと清水さんが言うように、そこまで気が強い女性には思えなかったんですけど、そうなんですか?」
「飛鳥はね、気が強いよ。普段はそう見えないんだけど。
僕と飛鳥は、僕が仕事をしながら通ってた絵画教室で出会ってね。
当時新人で右も左もわからず、よくへまをして泣き言を言うと、飛鳥は叱咤激励してくれてたんだ。『そんな弱音吐かないの! もっと頑張んなさい! そんなんじゃあやってけないわよ!』ってね。
当時僕はそれに励まされて、踏ん張れた。
飛鳥は当時も百貨店の外商部で、負けん気が強くて頑張ってた。
でも、病気になってからは彼女の叱咤激励を聞くのが辛くなってきてね」
「そうだったんですね」
薫さんがあまり語りたがらない過去を、やっと彼の口から聞けた。
そう言えば、長瀬先輩も、彼女は案外気が強いって言ってた。
お互いに無言だった。
懐かしい薫さんの家に入ると、暖かかった。
「あったかい……」
車から降りた時の外との寒暖差に思わずそう呟くと、薫さんが言う。
「うん、映子ちゃん寒がりさんだから、予めセットしといたんだ。
今、あったかいコーヒー持ってくから先に2階に上がってて」
薫さんが玄関の靴棚の上に車と家の鍵を置き、キッチンへ消えた。
懐かしさすら感じる、ミシミシと音を立てる階段を上って薫さんの部屋に入ると、この部屋もまた暖かかった。
薫さんの匂いがする。嗅げるの最後かもしれないから、よく嗅いでおこう。
黒い革張りのソファに腰掛ける。いつもの定位置だったな、と、たった1か月なのに懐かしい。
ギシギシと階段を上る音が聞こえたので、ドアを開けた。
「ありがとう」
2つのマグカップと薫さんが部屋に入った。
薫さんがマグカップをガラステーブルに置いて、私の左隣に腰掛ける。
「それで、話なんだけど」
私は生唾をごくり音を立てて飲み込んだ。
「僕、もしかして、映子ちゃんの事、怒らせちゃったかな? 教えてほしいんだけど。もしそうなら、謝りたい」
薫さんが私の目を真っすぐに見て言った。
私は焦って口を開く。
「違うんです、怒ったとかじゃなくて。私が1人で勝手に水瀬さんにやきもち焼いて、意地になっちゃって。本当にごめんなさい。
薫さん、水瀬さんからのお手紙読んだ時、すごく切ない表情してたから。まだ、水瀬さんのこと忘れられてないのかなって。水瀬さんの事まだ好きだけど、私と付き合ったのかなって考えたら、悲しくなっちゃって。
私は薫さんが初めてのお付き合いで、元カレとかいないからよくわからないけど、薫さんが元カノを想う気持ちも、今なら少し理解できたかな、とは思います」
私の言葉に薫さんが目を丸くする。
「え、やきもち焼いてたの? 怒ったんじゃなくて?」
「怒ったというより、薫さんと水瀬さんの過去にやきもちを焼いて、薫さんが水瀬さんと連絡取って、水瀬さんを好きな気持ちが再燃したらどうしよう、って思ってました」
「それで、しばらく連絡してこないでください、って言ったの?」
「はい……。本当に、ごめんなさい」
薫さんが私をふわっと優しく抱きしめる。
「よかった……。捨てられちゃうんじゃないかと思った。ラインの返事ももう来ない雰囲気だったし、このまま終わりにさせられちゃうんじゃないかって不安だった」
薫さん、別れたかったわけじゃないんだ。薫さんも不安だったんだ。
私はその事実に心の底から安堵し、彼の背中を両手で抱きしめる。
「別れたい訳じゃありません。勘違いさせてしまい、ごめんなさい」
「僕も、やきもち焼かせちゃってごめんね。飛鳥には、連絡はしたけど、映子ちゃんが想像してやきもち焼くような連絡じゃないよ。
映子ちゃんを飛鳥の都合良いように使わないでほしい事を怒って、本は捨てていいって伝えた。あの別れ方があったから今の僕はお陰で映子ちゃんとめぐり合えて幸せだし、もう気にしてないから、これからも元気でね、って。
もう飛鳥の事は好きじゃないよ。安心して。僕には映子ちゃんしか見えないから。飛鳥との事は、今ではそれも良い思い出だと思ってる。
あの時悲しい顔したのは、病気で対処療法も解らず苦しくて、会社でも一杯一杯だった辛かった当時が蘇ったからだよ。飛鳥を想ってじゃない。会社を辞めて東京から逃げてくるくらいには辛かったから」
薫さんから身体を離す。
「そう、だったんですか?」
薫さんが私の両手を自分の両手で包み込んで、私のおでこと薫さんのおでこをくっつける。
「誓う」
「わかりました」
薫さんがもう一度私を抱きしめる。
私は薫さんの胸の中で安心できたところで聞く。
「水瀬さんて、薫さんと清水さんが言うように、そこまで気が強い女性には思えなかったんですけど、そうなんですか?」
「飛鳥はね、気が強いよ。普段はそう見えないんだけど。
僕と飛鳥は、僕が仕事をしながら通ってた絵画教室で出会ってね。
当時新人で右も左もわからず、よくへまをして泣き言を言うと、飛鳥は叱咤激励してくれてたんだ。『そんな弱音吐かないの! もっと頑張んなさい! そんなんじゃあやってけないわよ!』ってね。
当時僕はそれに励まされて、踏ん張れた。
飛鳥は当時も百貨店の外商部で、負けん気が強くて頑張ってた。
でも、病気になってからは彼女の叱咤激励を聞くのが辛くなってきてね」
「そうだったんですね」
薫さんがあまり語りたがらない過去を、やっと彼の口から聞けた。
そう言えば、長瀬先輩も、彼女は案外気が強いって言ってた。
コメント