僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

回想 1

 4月のよく晴れた桜も満開の日に着任式が行われた。
 体育館の群衆の中の一人の制服に身を包んだ私は、原元 薫先生、ご挨拶をお願いします、と呼ばれて登壇した彼をそこで初めて見た。
 背が高く、すらっとしていて黒のスーツにネイビーの細身のネクタイが映えている。
 私の父がよく、
「この細身のネクタイは、イタリア産なんだよ。ママがパパの誕生日にくれたんだ」
 って自慢してたっけ。
 原元先生が一礼して顔を上げると、アーモンド形の目を見開いて、緊張した面持ちで話しだした。
「初めまして。原元 薫と申します。
 担当は美術です。皆さんに、美術の楽しさ、面白さを知っていただけるよう、精一杯努めさせていただきます。
 教職は初めてなので、僕も1年生です。この学び舎で、僕自身も成長できたらと思ってます。よろしくお願いします」
 そう言ってもう一度頭を下げた。
 緊張のせいか、少し声が掠れていた。
 すたすたと壇を降りる姿は、教師というよりどこかパリッとスーツを着こなすサラリーマンを思わせた。

「あの先生、かっこよくない?」
「私も思った!」
 女生徒がざわつき、それに男子生徒がため息をつく声が入り混じった。

 第一印象で、素敵な先生、と思った。
 あまり教師ではいないタイプ。線の細さと色の白さから、どこか影や儚さを連想させられる。素敵な大人の男性、という言葉がしっくりとくる。
 その日の夜、ベッドで眠りにつくかつかないかの薄れゆく意識の中で、私は原元先生の挨拶の場面を思い出した。



 3年生は選択授業が無いから、美術の授業は無い。選択授業があるのは1年生だけで、原元先生は2年生担任だから、3年生とは接点がない。あるとしたら、美術部くらいかな。
 でも、わざわざ美術部に入部するのもミーハーな気がしたし、密かに人気な原元先生を好きな子の間で、抜け駆け禁止、なんていう面倒くさい話も出てるみたいだし、私と接点は完全に無い。

 たまに、カタカナのコの字型の校舎の3階から、反対側の校舎の1階の美術室を覗いてみる。
 窓際の席の私は机をぎりぎりまで窓側にして、私の教室で行われる授業中の先生の目を盗んで美術室を見下ろすと、原元先生が授業を行っているのが見えた。
 着任式ではスーツだったけど、原元先生はよく、ベージュのパンツに白や黒といったTシャツを着ていた。授業では、黒いエプロンを着けてる。スーツ姿とはまた違った印象。
 スーツ姿が戦闘モードなら、私服姿はラフで、儚い印象をより一層際立たせた。
 どっちも素敵。かっこいいな。
 授業中眺めるのが日課になった。


「映子ちゃん、授業中よく窓の外見てるでしょ」
 友達の加奈に指摘された。
「うん。だって、暇なんだもん。お天気良いと、外にぱーっと飛び出したくなっちゃう」
 自分の気持ちを誤魔化すように、加奈にも嘘をついた。
「ふふ。またそんなこと言って。推薦確実だからって、余裕綽々だね!」
「私の事観察してるなんて、加奈こそ!」
 2人で笑った。

 1か月観察してみてわかったことは、原元先生は、どこか少しのんびりした空気感を持つ人ということ。原元先生は授業中、生徒を見て回る時、ゆったりとした足取りで生徒一人一人を見て回る。

 話してみたら、実際にはどんな人なんだろう、そう思って、加奈の妹で同じ学校に通う1年生で尚且つ美術を選択している真奈に聞いてみたところ、
「原元先生、すごく優しい。かっこいいし。授業の進め方も、話し方も、穏やか」
 という感想を聞いた。

 眺めているだけで幸せだった。
 卒業までの、良い楽しみができた。
 私は密かに胸躍った。

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