僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

手紙

 その後仕事に戻った。
 事務所は窓が無くて冷房がとてもキツいから、2時間に1度ほどたまに外の非常階段に出て、光合成を行う。
「柏木さんも、日光浴?」
 総務課の水瀬さんだった。
 彼女はとても美人で、事務所の男性陣のアイドルとして有名。
 私もその噂で水瀬さんの存在を知った。
 水瀬さんは肩までのブラウンの髪を、いつもゆるく巻いている。ピンク色のグロスで艶々している口元は、多分1階の化粧品売り場で取り扱っているブランドのマキシマイザー。私も薫さんとのデートの時用に買ったから、察しが付いた。大きな目にパッと上を向く睫毛エクステが、美人な顔立ちを更に可愛らしく引き立ててる。
 茜ちゃんの先輩が言うには、昔、長瀬先輩と付き合っていたらしい。あくまで噂だけど。
 その事実を確認するのは少し踏み込み過ぎだなと思って、長瀬先輩本人に直接確認をした訳じゃないけど。またお弁当会をしようと話しているので、長瀬先輩ともう少し仲良くなったら聞いてみてもいいかもしれない。

 私は面識が無かったので、水瀬さんに声を掛けられた事に少し驚く。
 よく私の名前知ってるなあ。まあ、新入社員として初出勤の日、1階に全従業員が見てる前で新入社員は一人ずつ挨拶をさせられたから、その時に覚えていてくれたのかもしれない。
「はい。柏木 映子です。よろしくお願いします。
 水瀬さんも、光合成ですか?」
「ふふ。私の名前、知っていてくれたのね。ありがとう。嬉しい。こちらこそ、よろしくね。
 事務所の冷房、温度低すぎだよね。凍えちゃうわ」
 と彼女は言いながら、両腕をクロスさせて、腕を擦って見せた。
「水瀬先輩は事務所のアイドルで有名ですから! 噂話には疎い私でも存じてます。
 温度って、何度に設定されてるんですか?」
 私がそう言うと、水瀬さんは笑った。
「うふふ。ありがとう。嬉しい事言ってくれるわね。
 温度は28度なんだけど、事務所全体がよく冷えるようにって、部屋の大きさより対応畳が大きい高性能エアコンだから、冷えるんだと思うよ。
 女の子は冷やしちゃだめだから、柏木さんもブランケットと温かいお茶とかで、対策した方がいいよ!
 じゃあ、またね!」
 そう言って水瀬さんは笑顔で手を振った。
「はい! 教えて頂きありがとうございます!」
 水瀬さんの背中にお辞儀をした。
 この会社の人たちは基本的にみんなそうだけど、水瀬さんもご多分に漏れず、親切で優しい。美人で優しいって、最強。さすが皆のアイドルです!

 事務所に戻ると、長瀬先輩が声を掛けてきた。
「柏木さん、進捗どう?」
「あ、はい! この間長瀬先輩がおっしゃっていたフェアの方々にも声を掛け終えて、次回のフェアは無事人数確保できました。
 給料計算については、3回自分でパソコンとタイムカードの確認が終わったので、また長瀬先輩のご都合のよろしい時に、また読み合わせをお願いします」
 私がそう緊張しつつも答えると、長瀬先輩は大きく頷いてから、小声で話す。
「うん、いいね。
 ・・・あと、お弁当会の進捗は?」
 私の様子を窺う。
 そっちか!!!
 私も小声で話す。
「茜ちゃん、楽しかったみたいです! またしようってライン来てました。長瀬先輩の事、好印象みたいです! よかったですね! 私が3人のグループライン作るので、頃合い見てそこから長瀬先輩から個人的に連絡を取り合ってみてはいかがでしょうか?」
 長瀬先輩が、私の言葉に目を細めて至福そうな微笑みを浮かべる。
「柏木さん、ありがとう! 優秀な部下で俺は嬉しいよ」
「いえいえ。お役に立てて何よりです」
 私も至福の笑みを浮かべた。

 もし茜ちゃんと長瀬先輩が付き合ってくれたら、とても嬉しい。
 でも、それはあくまでも私の願望になるから、バックアップは惜しみなく行うけど、基本は2人に任せよう。

 その日の帰り、茜ちゃんとエレベーターで偶然一緒になったので、おしゃべりをしながら更衣室へ向かった。
「長瀬さんて、とても話しやすいね! ・・・カッコ良くて緊張したあ。映子ちゃん、よくあんなカッコいい人と四六時中一緒に居て、惚れないね」
「長瀬先輩も茜ちゃんの事気に入ってたみたいだったよ! 頑張ってね!
 私は薫さん一筋だからね!」
 そんな会話をしながら更衣室に着いた。
 更衣室は冷房の効きが弱くて、これはこれで少し困る。

 私が鍵でロッカーを開けて制服を脱ごうとしたその時。

「なに、これ……」
 小さな震える声が聞こえた。
 私のロッカーの2つ隣りのロッカーの前で、茜ちゃんの顔が真っ青だった。彼女の目線の先を追うと、小さな白い紙きれが握られていた。
 茜ちゃんの顔の青さから、ただ事では無いと、紙きれを横から覗き込む。

「……なにこれ」
 私も覇気がない声で呟いた。

 背中に嫌な汗が滲んだ。
 生ぬるい冷房の風が漂う更衣室で、私たちは2人で固まっていた。

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