僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

休憩

 数日後、出社してから午前中に、前日に回収した催事場のアルバイトさんとシルバー人材の方々のタイムカードを、エクセルに入力した。
 私の前任者が優秀でマクロを使えて、給料計算の雛形を作ってくれていたので、私はパソコンに入力するだけ。前任者には感謝しかない。
 長瀬先輩からは、「柏木さんもマクロ覚えるといいよ」と言われているので、薫さんと会わない時は、夜な夜なマクロを勉強してる。

 長瀬先輩から、給料計算は絶対に間違ってはいけない、と口を酸っぱくして言われている。
 確かに、私も自分のお給料が自分が計算していたより間違えて少なくされていたら、悲しくなってやる気が萎んでしまうと思う。お給料は、モチベーションに直結する。
 事務作業の中でも、特に真剣に緊張感を持ち行う。

 タイムカードから、自分の頭で時間を10進数に計算して15分単位で計算してる。1分でも次の15分に差し掛かれば、その15分間のお給料は頂ける。
 薫さんに話したら、「良心的な会社だね」と言ってたっけ。私はアルバイト経験がないから、そうなんだ、と思ったし、自分の会社を良い会社、と薫さんに褒めてもらえたのが嬉しかった。

 ただ、学生時代に数学と体育が苦手だったのが仇となり、初めてマニュアルを読んでも10進数にピンとこなくて長瀬先輩に尋ねたら、時計を15分単位で四つに割った表で解りやすく教えてくれて助けられた。数学、ちゃんとやっておけばよかった、と社会に出て初めて後悔することになった。
 それから、出退勤の規定時間よりオーバーした分は、タイムカードに判子が無いと認められない。アルバイトさんそれぞれが所属するお店の店長に、判子をついてもらう。
 1分でも超過したら15分分のお給料が発生するため、無用なおしゃべりをして時間を稼ぐ人を牽制する為だと聞かされた。

 パソコンに入力したら、長瀬先輩にタイムカードを読み上げてもらって、私がパソコンに入力された数字を確認を、2人で声を出して、役を交代しても、何度も行う。張詰めて行うから、なかなか肩がこる。

 入力を終えたので、食堂に向かった。
 デスクで食べるのは禁止されている。食事をする場所ではない、仕事を行う机だ、という考えかららしい。確かに、言われてみれば納得かも。

 食堂へ行くと、いつも一緒に食べる同期の茜ちゃんは、いつもの席にまだ来ていなかった。
 スマホがピンポン、と音を立てる。
 確認すると、

『今日は先輩との休憩時間の兼ね合いで、映子ちゃんと時間が合わなそうだよ。
 ごめんね。ちゃんとお弁当食べててね。
 午後も頑張ろうね!』

 と来ていたので、

『了解だよ! 気にしないでね。
 いつもの時間に食べれないとお腹すいちゃうよね。
 お菓子でもつまみながら、頑張ってね。
 私も頑張る!』
 
 と送ったら、可愛い猫が「ありがとう」と言っているスタンプが返ってきた。

 事務所内では、基本的に飲食は禁止されているけれど、なんだかんだみんなお菓子などはつまんでいる。
 私は最初、自分はまだ新入社員なので遠慮していたら、長瀬先輩やほかの先輩に、
「食べないと、持たないよ。 遠慮しないで食べな。部長も食べてるし、暗黙の了解だからね」
 と優しく言って貰えたので、たまに食べてる。

 食堂でピンクの巾着を開いて赤いお弁当箱を開けて、いただきます、と小声で言った瞬間、声を掛けられた。
「柏木さん、隣いい?」
 長瀬先輩だった。
 私は笑顔で答える。
「はい、どうぞどうぞ」
 立ち上がって右隣の椅子を引いた。
 長瀬先輩の事は決して嫌いなんかではないけれど、午後から長瀬先輩に読み合わせを手伝ってもらうつもりなので、今の休憩極楽モードから仕事モードに切り替えなければいけないのでは、と危惧した。けれど、朗らかに微笑む長瀬先輩を見るに、私と同じく休息モードを堪能している雰囲気だったので、安堵した。

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