僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

道しるべ

 「あ~! カップルがちゅーしてる~!」
 映子さん側の車外から、中学生男子らしき子供の声がした。
 子供の声で、間接的に自分が受け持つクラスの生徒たちの顔が脳裏にパッと浮かぶ。

 僕は我に返り、映子さんの腰から手を放し、自身の身体を素早く運転席へ引っ込めた。

 自分が仕出かしそうになったことに、呆然とする。
 手を出すところだった。いや、現実的には出したのだけれど。
 いやいやいやいや、だめだろ……。彼女は未成年だ。何をやっているんだ僕は。
 自分が受け持つクラスの生徒たちにも、親切にしてくださる青葉先生にも、彼女の親御さんにも、顔向けできなくなるところだった。
 道徳心を完全に捨て去るところだった。
 胸が苦しくなるくらい、自責の念に駆られる。

 そんな運転席で身を小さくしている僕の左手を、映子さんは両手で包み込む。
「卒業してからですね」
 彼女の方に視線を向けると、眉尻を落として少し困ったように微笑んでいた。
「ご、ごめん……。僕……なんてことを……」
 弱弱しい声で言った僕の目から、自然と涙がこぼれた。
 彼女が僕の頭を撫でる。
「私の方こそごめんなさい。
 卒業したら、浴衣姿で堂々と手を繋いで、続きをしてくださいね」
 小さな子に優しく諭すように、彼女は言った。


 帰りの車内はお互いに無言だった。
 僕は右手だけで運転をし、左手を彼女の右手と、車の外からは見えないように繋いでいた。
 暗い夜道に花火の音だけが響き、微かな街灯だけが帰りの道しるべだった。

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