僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

花火☆

 映子さんを車に乗せて暫く走っているうちに、車が徐々に渋滞し始めてきた。
「なんか混んでるね」
 僕が思わずそう呟くと、
「今日、この近くの川で花火大会があるらしいですよ」
 と彼女が教えてくれた。

 花火大会か。最後に行ったのはいつだっけ。あ、墨田川で元カノとか。元カノ、人混みで浴衣が着崩れてマジ切れしてたっけ……。
 映子さんだったら、自分で着付けもできちゃいそうだな。映子さんと花火見たいな……。
 普通の部活動繋がりの先生と生徒であれば、先生の展覧会に生徒が菓子折り付きで来てくれた事へのお礼として、花火大会に少しだけ寄って屋台で好きな物を買ってあげるくらい良さそうだが、僕にはいかんせん下心がある。
 下心が全く無ければすんなりと花火に誘えたが、下心を自覚しているため、後ろめたい気持ちで誘えない。
 でも、第三者には僕の気持ちなんてわからないから、誘ってもいいものか。
 しかし下心はうしろめたい。
 そんな禅問答のような事を1人で悶々と考えていると、ふいに映子さんが右手で僕の黒い半袖Tシャツをちょいちょいと掴み、いつになく柔らかく甘い声で言う。
「薫さん、薫さんと花火見てみたい」
 あまりの可愛さに、僕の禅問答は吹っ飛ぶ。
「行ってみようか!」
 川の方角へハンドルを切った僕。



 どんどん暗くなっていく道を楽しく話しながら渋滞をかわして駐車場に着くと、車内からも花火がよく見えた。車の外からは、ドン、ドン、と心臓に響く音がしている。
「じゃあ、降りようか。花火、始まってる!」
 僕がドアに手を掛けると、映子さんが僕の背中のTシャツを両手で掴んだ。その反動で僕が振り向くと、
「2人っきりがいいです。車で見たい。だめ?」
 と、上目遣いでさっきよりも甘い砂糖を煮詰めたような声で、彼女が言った。
 僕の心臓は、はち切れそうだった。
 これは、反則だろう……。
「いいよ。じゃあ、そうしようか」
 自分の顔が熱を帯びてる事に気付いたが、彼女の顔も赤面していることに気付き、そっと彼女の頭を撫でる。

 辺りは暗闇だが、花火のわずかな光で照らされる彼女の横顔をちらりと眺める。
 大きな花火が上がった時、彼女がこちらに顔を向け、お互いの目が合う。

 よく聞いていないと、花火の音でかき消されてしまうほどの声で、そっと呟いた彼女。
「薫さん、好きです……」
 僕の心臓が、きゅっと鷲掴みにされたような感覚になった。

「僕も、映子さんが好きです……」

 どうしようもなかった。
 日を重ねるに連れて、彼女に惹かれていく。
 必死に、彼女は生徒だから、と自分を戒めても、彼女を愛おしく思う気持ちは日に日に増していくばかりだった。

 今日は下ろしている映子さんの髪を僕の左手でそっと耳に掛けると、彼女の耳の熱を感じる。
 彼女の目が潤んでいる。
 たまらずそのまま、助手席に身を乗り出して両手で彼女の腰ごと抱き寄せる。
 顔と顔が、近い。
 視線が絡まる。
 どちらからともなくゆっくりと顔を近づけて、距離が縮まる。
 彼女の吐息が感じられる。
 互いの鼻先が触れる。
 花火の音で、僕の心臓の爆音が掻き消される。
 もどかしい距離に、もう少し顔を近づける。
 僕の眼鏡が、2人の息で曇った。
 鼻がぶつからないように僕が顔を少し斜めにすると、彼女は目を閉じる。
 全ての道徳心を振り切って僕が彼女の唇に自分の唇を重ねようとした、その瞬間。

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