僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

約束

 夏休み中、至って順調だった。
 部活動で遅くなった日には、バス通学の彼女を車で家まで送り届けた。
 犬が好き、特に柴犬が好きだが、父親がダメだと言っていて飼えない、などといった他愛もない話も交えるようになった。
 映子さんは相変わらず僕に対しては敬語だったが、僕は徐々に敬語をやめていった。

 丸1日の部活動の日には、僕がコンビニの菓子パンを食べているのをみかねて、映子さんがお弁当を作ってきてくれるようになった。
 赤いお弁当の蓋を開けると、タコさんウィンナーに、甘く黄色い卵焼き、昨日の夕飯に母親と一緒に作ったというほうれん草の胡麻和えと唐揚げ、真っ赤なプチトマトにブロッコリー。彩豊かなお弁当で、下の段には3色ご飯が入っている。
 僕は感激してお礼を述べると、彼女は照れて笑った。
 そんなところも可愛い。

 昼休憩でお腹がいっぱいになってうとうととしている彼女を、暗幕のカーテンが引かれた準備室の黒い革のソファーに横にならせると、すやすやと寝息を立てて眠る顔も、愛おしい。
 そっとグレーのブランケットを掛けてやると、彼女は小さく「んん……」と呟いた。

 僕の油絵が乾くのを待っている間、映子さんをデッサンしたりもした。
 モデルになるのは初めてで恥ずかしいという彼女に、
「いつも通り動いてて大丈夫だよ。油絵描いていてね」
 と伝えると、見られていて集中できないと薄桃色に染まった頬を膨らませて怒った顔も可愛かった。

 夏休みが明ける頃には、僕達はとても仲が良くなっていた。
 けれど、お互いに「好きだ」という言葉は一切言わない。
 僕の立場を、彼女なりに理解してくれているのだろう。
 彼女を独占していられるこの部活動の時間が、居心地が良かった。

「もうすぐ夏休み明けちゃいますね」
 彼女は美術室の大きな窓から、夏休み最後である部活動の日に、夏の高い青空を眩しそうに眺めて言った。

「そうだね。楽しかったね、夏休み」
 彼女が見つめる先にある太陽に、同じく目を細めた僕。

 映子さんが眉と口角を下げ、不安げな表情で言う。
「薫さん、2学期が始まったら、またお弁当毎日作ってくるので、お昼休み、また準備室で一緒に食べてくれますか?」

「もちろん! またお弁当作ってきてくれるの? 嬉しいな。ありがとう! 楽しみにしてる」
 僕の心が浮足立った。
 それを聞くと彼女は、安心したように目を細めて言う。
「よかった! 約束! 私も楽しみにしてますね!」

 映子さんがお弁当を作ってくれる代わりに、僕が彼女の部費を持つことを提案すると、遠慮した彼女だが、僕が押し切った。

 そんな約束を交わし、僕たちは美術室の清掃と後片付けを終えた。
 美術室の窓から見える若葉は、午前中に降った通り雨で作られた水滴が太陽に反射し、キラキラと輝いていた。

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