僕が彼女に執着心を持った時

白河 てまり

初デート

 お店に着くと、オレンジ色の灯りで照らされた少し暗めの店内が透けて見えるガラスのドアを開き、彼女を促す。
 僕も入店し、いらっしゃいませ、と言いながらお辞儀をした黒い蝶ネクタイの男性ウエイターに伝える。
「18時に予約した、原元です」

 ウエイターは、すんなりと窓際の席に通してくれた。
 店内はもう満席に近い。カップルや女子会で溢れ返っている。

 右手で映子さんを奥の席に促すと、映子さんは、
「いえいえ、薫さんが上座へどうぞ」
 と、譲り合いになったので、

「今日はお礼ですから!」
 と、いたずらっ子のように僕が口元に笑みを浮かべて言うと、
「では、ありがとうございます」
 と、素直に席に着いてくれた映子さん。

 彼女に黒いレザー素材で覆われたメニューを渡すと、僕にもメニュー本が見えるように配慮してくれる。
 22、3歳で上座、下座の配慮が出来たり、気遣いができるってすごいなと、感心した。
 僕が同じ年頃では、そういったことで上司によく怒られていた。

 お互いに苦手なものが無いことを確認し合い、映子さんがパスタの味を決めて、僕がサラダとピザの味を決めることにした。
 女性と料理をシェアするのは久々なんじゃないだろうか。

 ウエイターに、烏龍茶2杯とカルボナーラ、マルゲリータ、生ハムとルッコラのイタリアンサラダを注文すると、映子さんがきょろきょろと天井に釣り下がるシャンデリアや、窓辺の白いキャンドルなど、店内を見回す。

「大丈夫? 落ち着かないですか?」

 映子さんは僕と目が合うと、目を大きく開き、真剣な表情で言う。
「すみません、あまりこういったお洒落なお店にはなれていなくて、緊張します」

 意外だった。
 彼女ほど素敵な女性ならば、こういったお店を星の数ほど経験してそうなのに。
 一瞬彼女の発言を疑ったが、今度は微動だにせず唇を真一文字に結んでいるところを見ると、どうやら本当らしい。

「緊張することなんかないですよ。ごめんね、もう少しカジュアルなお店の方が好みだったかな?」
 と、僕が、お店の候補を2、3件見繕って彼女に選ばせなかった事を後悔し、右手で頭をぽりぽりとかくと、

「いえ! こんなにお洒落で素敵なお店に来れて、嬉しいです! ありがとうございます」
 と、会った時に見せた笑顔を見せてくれた。

「そう言ってもらえると、よかった。普段デートとかで、あまりこういったお店は来ないんですか?」
 僕は本日のミッションを遂行する。
 彼女に今、彼氏がいるか聞きたかったのだ。

 僕の問いに、彼女は眉を八の字にして、はにかんで答える。
「デートって、したこと、ないんです……。」
 彼女のシフォン素材の白いトップスで覆われた肩が、小さくなった。

 嘘だろ。世の中の男はどこに目を付けているんだ。
 しかし、デートをしたことないとなれば、彼氏もいない。そこは、よしっ、と思ったが、だから僕のような男でも食事に承諾してくれたのかな、と府に落ちる。

「じゃあ、少なくとも僕はこれをデートだと思ってるので、映子さんの初デートの相手は光栄なことに僕ですね!」
 と冗談めかして言うと、

「はい!」
 と彼女が目尻を下げてまた、はにかみながら笑った。

 料理が運ばれてくると、彼女がパスタとサラダを取り分けてくれ、僕はピザを専用カッターで切り分けた。

 美味しいと幸せそうな満面の笑みで食べてくれる映子さんを見て、僕も幸せな気持ちに浸る。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品