オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜
22 来たる絵師③
「小売店も飲食店も入ってます、私もじっくり見たことはないんですけど」
「開拓しないといけませんね」
見ると、小山内は皿や小鉢を1種類につき2つずつカゴに入れていた。玲は店の明るい雰囲気のどさくさに紛れ、思いきって彼に訊いてみる。
「おうちにいらっしゃるかたの分ですか?」
小山内はえ? と言って、眼鏡の奥の目を丸くした。そして、いや、と苦笑した。
「食器棚にいろんな皿が1枚ずつとか微妙に寂しいから、高くなければ2つ揃えるんです……もし来客があれば役立ちますし」
彼は別に何かを隠したり、ごまかしたりしている様子ではなかった。だとしたら、自分より繊細なんだなと玲は思う。玲の食器棚には、自分が使うものだけしか入っておらず、来客などはなから想定していない。
「玲さんが来てくださるなら、使うこともあるかもしれない」
「……は?」
今度は玲が目を丸くした。小山内はふわっと眉間を広げて目を細める。
「仕事でお疲れで家まで帰るのが面倒になったら、休みに来てください」
……誘われているのか、これは? 玲はどう返したらいいのかわからず、焦りのようなものに囚われた。
小山内はあ、と何でもないようにつけ足した。
「他意は無いですよ、たぶん」
たぶんって何なんだ? 玲は困惑したが、他意、つまり下心があるとはっきり言われたとしても、困るところである。
「というか、今からうちでお茶しないか誘うつもりでいるんですけど……警戒してますよね」
「……私を弄ると楽しいと思ってません?」
「ちょっと思ってますよ」
玲はあ然とする。そして顔が熱くなりそうなのを意志の力で抑えつけた。小山内はやや探るように続ける。
「不愉快ですかね、俺から見ると玲さんくらいの年齢の女性は何かと魅力的なんですよ……結婚してる人も働いてる人も、子育てしてる人も……そうでない人もみんな一生懸命生きてるって思えて」
はあ、と玲は間の抜けた声を上げてしまう。小山内は少し視線を外し、偉そうでごめんなさい、と呟く。いや、そんなことはないんだけど……不思議な会話の流れに玲は戸惑うばかりだ。
そもそも玲は、誰とでもざっくばらんに話す人間ではない。男性と長い時間言葉を交わすことだって、離婚して以来ほぼ無かった。もし小山内が何らかの駆け引きを玲に望んでいたとしても、たぶんよく理解できない。ただ、弄られているのはわかるのだが。
「えっと……ヒロさん、カトラリーとか調理道具は要らないですか? 結構何でもありますよ」
玲は話をごまかしながら、裏の棚に小山内を導いた。彼は何処となく気恥ずかしそうに、調理器具がぶら下がるのを眺めて、先が楕円のおたまをそっと手に取る。自炊するんだなと、玲は好ましく感じる。
ふと、小山内も結婚歴があり、今は独りなのではないかと思った。食器や調理道具を選ぶ様子が、何処か所帯染みている気がする。よく考えると、バツイチであっても年齢的に何ら不思議ではない。そして現在、右手の薬指に指輪をするような――決まった相手がいるという立場なのだろうか?
何でこんなにこの人のこと気にしてるのかな。玲は自分に対して首を傾げてしまう。小山内の鼻筋の通った横顔を盗み見しながら、すっかりご無沙汰している種類の困惑とたたかう。その悩ましい感情が、何やら甘みを帯びていることを、まだ把握し切れていない玲だった。
「開拓しないといけませんね」
見ると、小山内は皿や小鉢を1種類につき2つずつカゴに入れていた。玲は店の明るい雰囲気のどさくさに紛れ、思いきって彼に訊いてみる。
「おうちにいらっしゃるかたの分ですか?」
小山内はえ? と言って、眼鏡の奥の目を丸くした。そして、いや、と苦笑した。
「食器棚にいろんな皿が1枚ずつとか微妙に寂しいから、高くなければ2つ揃えるんです……もし来客があれば役立ちますし」
彼は別に何かを隠したり、ごまかしたりしている様子ではなかった。だとしたら、自分より繊細なんだなと玲は思う。玲の食器棚には、自分が使うものだけしか入っておらず、来客などはなから想定していない。
「玲さんが来てくださるなら、使うこともあるかもしれない」
「……は?」
今度は玲が目を丸くした。小山内はふわっと眉間を広げて目を細める。
「仕事でお疲れで家まで帰るのが面倒になったら、休みに来てください」
……誘われているのか、これは? 玲はどう返したらいいのかわからず、焦りのようなものに囚われた。
小山内はあ、と何でもないようにつけ足した。
「他意は無いですよ、たぶん」
たぶんって何なんだ? 玲は困惑したが、他意、つまり下心があるとはっきり言われたとしても、困るところである。
「というか、今からうちでお茶しないか誘うつもりでいるんですけど……警戒してますよね」
「……私を弄ると楽しいと思ってません?」
「ちょっと思ってますよ」
玲はあ然とする。そして顔が熱くなりそうなのを意志の力で抑えつけた。小山内はやや探るように続ける。
「不愉快ですかね、俺から見ると玲さんくらいの年齢の女性は何かと魅力的なんですよ……結婚してる人も働いてる人も、子育てしてる人も……そうでない人もみんな一生懸命生きてるって思えて」
はあ、と玲は間の抜けた声を上げてしまう。小山内は少し視線を外し、偉そうでごめんなさい、と呟く。いや、そんなことはないんだけど……不思議な会話の流れに玲は戸惑うばかりだ。
そもそも玲は、誰とでもざっくばらんに話す人間ではない。男性と長い時間言葉を交わすことだって、離婚して以来ほぼ無かった。もし小山内が何らかの駆け引きを玲に望んでいたとしても、たぶんよく理解できない。ただ、弄られているのはわかるのだが。
「えっと……ヒロさん、カトラリーとか調理道具は要らないですか? 結構何でもありますよ」
玲は話をごまかしながら、裏の棚に小山内を導いた。彼は何処となく気恥ずかしそうに、調理器具がぶら下がるのを眺めて、先が楕円のおたまをそっと手に取る。自炊するんだなと、玲は好ましく感じる。
ふと、小山内も結婚歴があり、今は独りなのではないかと思った。食器や調理道具を選ぶ様子が、何処か所帯染みている気がする。よく考えると、バツイチであっても年齢的に何ら不思議ではない。そして現在、右手の薬指に指輪をするような――決まった相手がいるという立場なのだろうか?
何でこんなにこの人のこと気にしてるのかな。玲は自分に対して首を傾げてしまう。小山内の鼻筋の通った横顔を盗み見しながら、すっかりご無沙汰している種類の困惑とたたかう。その悩ましい感情が、何やら甘みを帯びていることを、まだ把握し切れていない玲だった。
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