オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

20 来たる絵師①

 小山内の引っ越しの日は、爽やかに晴れた。13時に仕事を終えた玲は、彼からDMが来ていることに気づく。
 新居に着く時間が遅いようなら、明日手伝いに行くと玲は伝えていたが、小山内は朝に横浜を出て11時には五反田に着いていたようだ。引っ越しの超繁忙期だから仕方がないとは言え、開始時間が引っ越し会社任せというのも、悩ましいだろうと思う。
「一段落つきましたから、お仕事上がったら連絡ください。」
 小山内のメッセージに、玲はすぐ返信する。
「荷解きお疲れさまです。今終わりました、もしお昼がまだでお疲れでなければ駅前まで出ていらっしゃいませんか?」
「大丈夫です。すぐに向かいます。」
 返事を確認して、玲は駅に向かう。
 小山内と初めて会って酔っ払うまで飲んでから、もう1ヶ月と少し経っている。以来ほぼ1日おきのペースで、何らかのやりとりをして来た。オフラインで会うのが久しぶりという事実に、玲は嬉しさと少しの戸惑いを感じていた。
 駅の入り口に、すぐに小山内の姿を見つけることができた。彼がグレーのトレンチコートを着ているのを見て、春だなと思う。背が高いからよく似合っている。
「ああ、玲さん、久しぶりですね……今日はありがとうございます」
 小山内は嬉しそうに言った。やはり何となく、その様子が実家の隣家の柴犬を思い起こさせる。そんな彼を見るのは、決して不愉快ではない。
「こんにちは……もう大体終わっちゃったみたいですね、お役に立てなくて」
「いえ、食事が終わったら少し買い物を始めたいのでおつきあい願えれば」
 小山内が早速目指したのは、玲もたまに使う洋食店だった。
 この古い洋食店は駅界隈で人気の店なので、ほぼ満席だったが、何とか席を取り腰を下ろす。オーダーを通すとすぐに、小山内は軽く頭を下げながら言った。
「小説の完結おめでとうございます」
 玲は驚いてどぎまぎとなり、ありがとうございますと応じた。昨夜、大正ロマンの最終回を無事公開できたのだ。小山内は続ける。
「大林薫が新しい道を拓いた作品になったんじゃないですか?」
「え? あ、確かに、これまでと違う読者層にアプローチ出来たとは思います、ティーンズラブの要素もありましたから」
 随分と大げさだなと玲は思ったが、もしかすると芸術系の人は、何かイベントがひとつ無事に終わると、こうして祝いねぎらうものなのかもしれない。
 それはそれで悪い気分ではないし、忙しいのに小山内が気にしてくれていたのも嬉しかった。玲も言葉をあらためた。
「つまらない作品にたくさんの挿絵をつけていただいて、この度も助けられました……リピート割引ばかりしていただいて、実質半額くらいしかお支払いしてないんじゃないですか?」
「そんなことはないですよ、上得意様へのサービスにしたら不十分ではないかと」
 こちらこそ、そんなことはないと言いたかった。小説を華やかに彩ってくれる絵には、それに見合う金額を用意するべきだと、少なくとも玲は考えている。
 小山内は絵の報酬についてそれ以上話そうとせず、引っ越しに話題を移した。ここ数日自分のほうが大変だったろうに、玲をねぎらった。
「今日は仕事帰りにすみません」
「いえ、今日は半日出勤だし、気楽にやってましたから」
 玲は答えた。二人の前に、カトラリーを入れた籠が置かれる。
「ヒロさんこそ引っ越しの時間も確定しなくて大変だったでしょう?」
「まあ、こればかりは仕方ないです」
 この店の良いところは、週末も日替りランチを出してくれることである。早く来るし、お得だ。ランチプレートがやって来ると、小山内はナイフとフォークを手にして、湯気を立てるハンバーグを切る。
 玲はフライドポテトをフォークに刺しながら訊いた。
「会社の……同じマンションを使うほかの皆さんも、今日お引っ越しなんですか?」
「俺含めて単身者が5人なんですけど、今から1人動くみたいです……3人は明日です」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品