オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

18 来たる春①

 暑さ寒さも彼岸まで、とは良く言ったものである。玲の職場で卒業式が行われ、若人たちが厳しい社会に巣立っていくと、春らしい日が増えた。年度末の試験期間の混雑に続き、卒業生に本の返却を督促する日々が終わり、図書館にもほっとした空気が流れている。
「来年度の図書館長、宮坂みやさか先生になるみたい」
 その日の朝、事務長はのんびりと常勤の職員たちに通達した。場は微妙な空気に包まれる。文学部の宮坂教授は、アメリカ文学の専門家だ。玲が学生時代に授業を受けて印象に残っている教員のうちの一人である。
「厳しそう」
「ちょっと厳しめに口出ししてくれる先生のほうがいいよ」
 司書たちの意見が早速分かれた。小説投稿サイトやスキルマーケットの存在を教えてくれた、覆面恋愛小説作家である柏木かしわぎ理枝りえが、玲に訊く。
「小森さん、教えてもらったことある?」
「あるよ」
 玲の短い返事に、理枝は目を丸くした。
「国文科なのに?」
「うん、3回生の時に時間の穴埋めで履修した」
 理枝は大げさにうわ、と言った。
「それって必修じゃなかったって意味だよね」
 うん、と玲は勤務表をチェックしながら答える。派遣司書たちの出勤簿は、玲が何となく管理している。
 理枝もこの大学の経営学部の卒業生で、玲の2学年先輩だ。今やタメ口を利いているが、彼女は大学を出て3年後にこの図書館に転職したので、業務上でも玲の大先輩である。
「単位余裕だったんだ」
「というか、2限めと4限め必修で、サークルにも入ってないぼっちな私が3限めどうするって話で」
「ああ、わかる」
 司書という人種は基本的に陰キャなので、理枝のみならず周りも納得した空気感を醸し出した。皆今でこそ独りの時間を楽しむ余裕があるが、若い頃は、おひとりさまですか? と大きな声で飲食店で尋ねられることや、あいつひとりだなという視線を向けられる(これは大概自意識過剰だが)のが怖いという、共通の経験を持っている。
「で、宮坂先生って厳しかった?」
「うーん、普通だったと思う」
 何をもって大学の先生を厳しいと評するのかは、個人の認識に開きがあるのでなかなか難しい。
「10分以上の遅刻、授業中のスマホや無駄話、指名されていたのに課題をやってこなかった……って名前消される学生が毎年沢山いるって」
 理枝は言うが、当たり前ではないかと玲は密かに苦笑した。教員だってシラバス通りに授業を進める義務があるのだから、それに横槍を入れ、真面目に学ぶ子の邪魔をする者が除籍になっても仕方がない。大学は義務教育ではないのだから、教員が不真面目な学生を自分の判断で追い出すのも自由だ。
 ふと玲は、美大はどうなのだろうと思った。座学もあるだろうが、実技が圧倒的に多いと思われる。期限までに仕上げてこなかったら、来週から来なくていいと先生に言われてしまうのだろうか。
 ヒロさんに訊いてみようと考えた途端、ふわっと淡いピンク色の雲に包まれたような気分になった。……あれ、何だこれ。
 玲は軽い動揺を周囲に悟られないよう、ポーカーフェイスを決め込みパソコンの画面に集中しようとした。
「まあとにかく図書館長が変わることは皆一応心に留めておいて」
 事務長が他人事のように言い、朝の連絡事項の確認は終わった。

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