オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

17 何かが動く②

 駅に着き、人混みに流されて電車から降りる。自然と玲の唇から溜め息が洩れた。ゲイである可能性はちょっと横に置くとして、ヒロさんに恋人がいるのでなければ、真剣に考えることもできるけれど。……いや、たとえ彼がフリーであったとしても、きっと玲は積極的にはなれなかった。
 だって自分は、つまらない女だから。男の支えなんかなくても生きていける(今は実際そうだ)、可愛げの無い女だから。年上の男性なら、余計にそう感じるだろう……最初楽しくやれたとしても、結末は目に見えていた。
 「可愛げのある女」とはどのようなものなのか、玲には本当にわからない。よく考えると、投稿している小説に貰う感想にも、思い当たることがある。
 ストーリーに引き込まれました。エロくて大好きです。更新がいつも楽しみ。玲が読者から受け取り、とても嬉しかった感想である。しかし、誰それが素敵だとか共感するとか、反対に嫌な奴だといった声は無いように思う。もしかすると、自分の書く登場人物たちには、人としての魅力に欠けているのかもしれなかった。
「それって駄目じゃん……」
 玲はひとりごちた。もう少しで、スーパーの前を通り過ぎてしまうところだった。冷蔵庫が空っぽなのに、手ぶらで帰る訳にはいかない。
 スーパーの自動ドアをくぐると、スマートフォンが震える音がした。寒いので、カゴを取り店内に入ってから鞄を探る。
「お気遣いありがとうございます。でも挿絵を描くのは私にとってリフレッシュメントでもありますから大丈夫ですよ! 玲さんはいつもこうして丁寧で親切なので痺れます」
 画面に現れた小山内からのメッセージの最後には、ハートがついていた。玲は思わず口許を緩めたものの、彼のあけすけな好意の意味を測りかねて、ますます悩ましい気分になる。
 まさか、遊び相手にしたいと思われているのか? まあ30を過ぎた女でも、小山内にしてみればまだまだ食べ頃かもしれないが。
「恐れ入ります。とにかく優先順位を間違わずにお過ごしください笑」
 玲は軽めの返信をしてみる。すぐに、ありがとうございますという返事が来た。やり取りが一段落着いたようなので、スマートフォンを鞄のポケットに入れた。
 だから駄目なんだよなぁ。玲は広告の品とPOPのついたほうれん草を吟味しながら思う。好意を示されると、相手を特に好きでなくても、すぐに木に登ってしまう。結婚はそれで失敗したと、少なくとも玲は判断している。いやまあ、ヒロさんは好きの部類に入れてもいいのですけれど……。
 自分よりも若い母親が、娘とおぼしき小学生くらいの女の子を連れてほうれん草を選びに来たので、玲は彼女らのために場所を空ける。葉っぱが綺麗なやつを選んでよ、と言う母親に、女の子はうーん、と首を傾げながら、選んだほうれん草を手渡した。こんな風景を、自分の未来に夢見たことも確かにあった。
 夫と結婚して2年経ったころ、子どもを持つかどうかの話が出た。要らないよ、と彼はあっさり言い、玲はちょっとがっかりした。夫の両親との関係が悪かった訳ではないが、玲が子どもを欲しくないと言ったように受け取られていたと後から知って、ショックだった。
 母親のOKが出たからか、女の子は軽くスキップして鮮魚コーナーに向かう。玲もほうれん草を選び、自分も今夜は魚にしようと考えた。きちんとご飯を作って食べて、投稿予約をする。それが今の玲にとって、一番大切なことだった。

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