オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

16 何かが動く①

「玲さんこんにちは。美代子様と尊殿が遂に結ばれて、ファンの皆様も悶えているようですね。私もSNSで繋がる絵師の方々から挿絵にお褒めの言葉をいただき、ありがたい限りです。」
 あの夜以来、玲に寄越す小山内のDMが少し長くなった。ビジネス以外の話を織り交ぜてくるようになったのである。玲はそれが楽しい。もっといろんな話がしたいと感じるものの、用も無いのにまた会って話しませんかとも言い出しにくく、少し複雑な気分になる。
「それは何よりです。でも大学の同期の人たちに、春画を描いているとバレるのも、時間の問題では?」
「そうなんです、別に構わないんですけどね……。」
 それでもこんなどうでもいいやり取りは、玲にとってテンションアップのきっかけになる。今夜、大正ロマンの最終回の投稿予約をするために、玲は電車の中で原稿の最終チェックを始めた。大事な部分は、ワードの原稿をプリントアウトして、読み直すことにしているのだ。
 この勢いで、新作のさわりの部分を書き始めてもいいと玲は考えていた。
「宮廷ものの連載開始日を決めたらすぐに報告します」
「はい、表紙の候補もいくつかラフ作っていますので、いつでもお見せできますよ。」
 いくつか、とは大したものである。玲は気合いを入れてくれている小山内に感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとうございます。近々見せていただいて、正式に依頼したいと思います」
「いえ、こちらこそいつもありがとうございます。この話も大切なのですが、私のリアルに関して報告しておきたいことがあります。」
 小山内が話題を変えて来たので、玲は原稿の束をクリアファイルに戻した。わざわざ自分に伝える必要があることとは何なのか? 何処か具合が悪いとか……? 少し心配になった。
「私の会社が東京に営業所を持つことになり、そちらの人事総務を押しつけられそうです。正式な辞令が出たら、4月までに都内に引っ越すと思います。」
 え、と玲はスマートフォンの画面を見たまま呟いた。ヒロさんが少し近い場所にやって来る? 何故かどきりとした。
「そうなれば玲さんとの意思疎通も図りやすくなるかなと、勝手に思っています。」
 小山内は迷いの無い様子で、そう書いて来た。それに対して、玲は少し迷ってから返信する。
「そうなのですね、ではこれから1ヶ月はお忙しいですね。小説の表紙や挿絵に関しては、差し替えや後付けで全く問題ありませんので、無理なさらないでください。」
 少しビジネスライク過ぎたかなと、送信ボタンを押してから少し後悔した。かと言って、小娘じゃあるまいし、嬉しいです! などと返事をするのも小っ恥ずかしい。職場のJDたちの会話に突っ込みたくなるように、何がどう嬉しいのだという話だ。……いや、ビジネスの交際ならむしろ、そのほうが感じが良いかも……?
 玲は1人でごちゃごちゃ考えるうち、どうしてヒロさんをこんなに意識しているのだろう、という疑問に行き着いた。彼は創作の大切な相棒だ。それは実際に会っても変わらない事実である。ならばこれからちょこちょこ会って、創作に関して語らい、楽しいひとときを共有すれば良いのではないのか?
 いや、それが怖い。
 玲の気持ちを言い当てる言葉は、案外あっさりと脳内に飛び出して来た。小山内浩司は、これまでにあまり出会ったことの無いタイプの男性である。年齢がだいぶ上で、真面目な勤め人だが、芸術家の顔を持つ。しかもよく見たら割と容姿に優れていて、どストライクではないにもかかわらず、地味に魅力的だ。……そんな人と長時間一緒に過ごして、冷静でいる自信が玲には無かった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品