オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

11 二軒目③

 当然のことをして、こんな風に嬉しがられるのは逆に心苦しい。小山内は完全に、玲に懐く目になっていた。歳上の男性、しかも自分が敬意を払って接している人物に、こんな表情をされるのは微妙な気分だ。不愉快な訳では、決してない。むしろ嬉しい。ただ……彼が自分に抱いている感情の種類が、測りにくい。
「少なくとも私はこれからヒロさんの右には立ちませんから」
 玲は宣言した。だが小山内の返答にますます困惑する羽目になった。
「それはこれからもオフラインでちょこちょこ会ってくれるってこと?」
「えっ、いやまあ……ヒロさんがそうしたいっておっしゃるなら……」
「あ、嬉しい」
 調子が狂う。一体彼は自分に何を求めているのだろう。小山内は上機嫌で二人分の水割りのおかわりをオーダーする。遂に玲の女性としての危機回避本能が働きだした。これ以上飲まないほうがいいような気がしてくる。
 それでもその宮廷ものの新作について、何となく話をするうち、玲の中で物語の輪郭が見えてきた。小山内はゴロン夫妻のフランスの大河小説『アンジェリク』を、参考として持ち出して来た。バロックやロココの宮廷ものはどうしても不倫の物語に走りがちだが、それでは芸が無いという話になる。
「私不倫は好きじゃないので、ヒロインにはさせたくないです」
 玲が言うと、小山内はうんうん、と頷いた。
「『アンジェリク』みたいに、まだ若い女の子がよく分からないまま家のために嫁いで……人生経験豊富な夫に仕込まれて、溺愛されて……」
「夫と引き離されて冒険はしない?」
「しませんよ、私そんなややこしい話は書けません……ていうか、それ盗作ですから」
 二人して笑った。でも、とふと思いついて玲は物語を紡いでみる。
「フランス革命を絡めたら、ちょっとドラマチックになるかなぁ……」
「ああ、わくわくします、俺貴族の衣装とか家具とかめっちゃ練習しますね」
 小山内は心から楽し気である。描いたことのないものを描くのにときめくという辺り、画家だなと思う。自分だって、別にストーリーに凝らなくてもエロシーンでPVはある程度稼げるのに、ついネタを仕込もうとするなんて、すっかり作家気取りだ。そう言うと小山内は、ふふっと笑った。
「玲さんが書き手として、濡れ場だけではもう満足できなくなってるんですよ……今の連載だって、最初あんなに跡取り争いやライバル会社の横槍なんかを入れるつもりは無かったんでしょう?」
「ええまあ……職場にいくらでも資料があるからだめなんですよね、雰囲気を掴みたいだけで目を通し始めた本に夢中になっちゃって」
 おかげで中編のつもりが、しっかり長編になってしまった。ついて来れなくなった読者もいただろうと思うと、反省することしきりである。そんな玲のことを、また小山内は優しいなぁ、などと言う。
「玲さんに弱点があるとしたらそこかな、読み手のことを気にかけ過ぎ」
「いや、だって……読み手あっての作家ですし……ってまあそれで食べて行く訳じゃないからいいんですけど……」
「うんまあ、お金にならなくったって、投稿する以上読んでもらいたいですよね」
 ふと玲は思う。創作者としては、自分なんかより小山内のほうがずっと経験値が高い。そんな彼が、何か自分のことを心配してくれているのだ。受け手の欲望を刺激しながら、自分の表現したいものを出していく。それが簡単なことではないということは、玲もこの2年で痛感していた。
「あー何だか……自分が沼にはまってるのを自覚しました」
 玲は軽く天井を仰いだ。小山内は小さく笑った。
「必要なら俺が引き上げてあげますよ、それか一緒に沈みましょうか?」
 小山内は優しい表情でこちらを見つめていた。異性からそんな視線を受けなくなって久しい玲は、照れてしまってうつむいた。……もうこれ以上飲まないほうが良い。それは警鐘めいた気持ちになってきていたが、それを無視してしまいたい気分も、玲の中に確かにあった。

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