オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜
8 はじめまして⑤
玲の照れながらの言葉に、嬉しいです、と小山内は首を傾けた。あまりに嬉しそうな顔をするので、思わず見惚れてしまって何をしようとしていたのか忘れそうだった。アルコールのせいだけではなさそうな頭の中の靄を振り払いながら、玲は桃の花の写真を検索する。画面が一気に春らしくなった。
「あ、可愛い色ですね、実桃も花桃も」
「花桃好きなんですよ、俺」
「初々しい花ですね、何かいい言葉出てきそうです……ありがとうございます、訊いてみてよかった」
「お役に立てて何よりです」
玲は追加された焼き鳥をゆっくりと口にした。何となくほっとした。しっくりこない部分があると、たとえ一語だけであっても、靴の中に小さな石が入っているようで、気持ちが悪い。
「私ほんとにヒロさんの絵に助けられてるんです、言葉がきっちり詰まってないというか、しっくり来ていない時にヒロさんの絵が来たら……酸っぱいお菓子で昔あったでしょ? 噛んだら頭の蓋が開く、でしたっけ? そんな感じで、良く書き直せたこともいっぱいありました」
やっとこれまでの感謝の気持ちが伝えられた、あまり上手に表現できなかったけれど。玲が小さく息をつき前を見ると、小山内は酒のせいもあるのか、頬を上気させていた。
「玲さんって可愛い」
小山内の口から飛び出した言葉に、玲は思わずえっ、と低い声を洩らした。返事に困っていると、彼はやや楽し気に続けた。
「優しい人だろうとは思ってたんですよ、でもあんな端正な文章でエロを詰め込んでくるから、ちょっと読めない部分もあったんです……そしたらとても……書いてらっしゃるものとのギャップがね、萌えます」
男性から萌えるなんて言われたのは初めてだった。どういう意味……? 玲の胸のうちがざわつく。現に目の前の男の眼鏡の奥の瞳には、何やら面妖さを感じさせる光があるように見えなくもない。決して嫌な気分ではなかったが、彼は長く一緒に「仕事」をしてきたとはいえ初対面だ。それに玲は、人生において他人から明らかな好意を面と向かってぶつけられる経験が少ないだけに、どうふるまえばいいのかよく分からない。
「あ、もしかして引いてます?」
小山内は目をしばたたいて、言った。引いているように見えたなら、申し訳なかった。玲は笑ってごまかす。
「いや、嬉しいというか、嬉しくなくはないけどちょっと複雑な気持ちになりました」
「複雑な気持ちにしてやろうと思いました」
えっ、と玲は再度呟いた。それを見て小山内は、くすくす笑う。からかわれているらしい。
「でも俺の絵を見てそんな風に感じてらっしゃると聞かされて、マジで痺れてます」
小山内の酔った笑顔は、どこかふにゃりとしていた。会社で採用を任され、プロ並み(というか玲に言わせればプロだが)の絵で副収入を得ている年上の男性とは思えない、愛嬌がある。
恋人はどんな人なのかな。同世代の、落ち着いた雰囲気の人が似合いそう。ワンチャン無いのかな……玲はそんなことを考えながら、酔っていることを自覚せざるを得ない。脳内のノリが合コンっぽくなっている。まあそういうイベントももうかなりご無沙汰しているので、どんなものだったか忘れつつあるが。
焼きおにぎりと焼酎のお湯割りを頼み、食事は締めに入ったが、話が尽きなかった。次作の話に入る前に、これまでの作品に関する話題にどうしても没入してしまう。玲は小山内が、如何にこれまで丁寧に挿絵を描いてくれたかを感じることになった。中には連載に追われて、おまけでつけ足したようなラブシーンもあったのに、そんな場面も読み手が推すページとなったのは、小山内の絵のおかげだ。
幸せなことだと玲は思った。思いつきで書いた小説を楽しんでくれる、顔も知らない沢山の読者がいてくれる。そして自分の稚拙な文章に、花を添えてくれるイラストレーターと出会えた。
これを収入源にしようとは決して思わない。だが、喜んでくれる人がいるのならば、できる限り上質なものを、提供し続けていきたい。玲は焼酎の底に沈んだ梅干しの匂いを楽しみながら、頭の中を幸福でふわふわさせていた。
「あ、可愛い色ですね、実桃も花桃も」
「花桃好きなんですよ、俺」
「初々しい花ですね、何かいい言葉出てきそうです……ありがとうございます、訊いてみてよかった」
「お役に立てて何よりです」
玲は追加された焼き鳥をゆっくりと口にした。何となくほっとした。しっくりこない部分があると、たとえ一語だけであっても、靴の中に小さな石が入っているようで、気持ちが悪い。
「私ほんとにヒロさんの絵に助けられてるんです、言葉がきっちり詰まってないというか、しっくり来ていない時にヒロさんの絵が来たら……酸っぱいお菓子で昔あったでしょ? 噛んだら頭の蓋が開く、でしたっけ? そんな感じで、良く書き直せたこともいっぱいありました」
やっとこれまでの感謝の気持ちが伝えられた、あまり上手に表現できなかったけれど。玲が小さく息をつき前を見ると、小山内は酒のせいもあるのか、頬を上気させていた。
「玲さんって可愛い」
小山内の口から飛び出した言葉に、玲は思わずえっ、と低い声を洩らした。返事に困っていると、彼はやや楽し気に続けた。
「優しい人だろうとは思ってたんですよ、でもあんな端正な文章でエロを詰め込んでくるから、ちょっと読めない部分もあったんです……そしたらとても……書いてらっしゃるものとのギャップがね、萌えます」
男性から萌えるなんて言われたのは初めてだった。どういう意味……? 玲の胸のうちがざわつく。現に目の前の男の眼鏡の奥の瞳には、何やら面妖さを感じさせる光があるように見えなくもない。決して嫌な気分ではなかったが、彼は長く一緒に「仕事」をしてきたとはいえ初対面だ。それに玲は、人生において他人から明らかな好意を面と向かってぶつけられる経験が少ないだけに、どうふるまえばいいのかよく分からない。
「あ、もしかして引いてます?」
小山内は目をしばたたいて、言った。引いているように見えたなら、申し訳なかった。玲は笑ってごまかす。
「いや、嬉しいというか、嬉しくなくはないけどちょっと複雑な気持ちになりました」
「複雑な気持ちにしてやろうと思いました」
えっ、と玲は再度呟いた。それを見て小山内は、くすくす笑う。からかわれているらしい。
「でも俺の絵を見てそんな風に感じてらっしゃると聞かされて、マジで痺れてます」
小山内の酔った笑顔は、どこかふにゃりとしていた。会社で採用を任され、プロ並み(というか玲に言わせればプロだが)の絵で副収入を得ている年上の男性とは思えない、愛嬌がある。
恋人はどんな人なのかな。同世代の、落ち着いた雰囲気の人が似合いそう。ワンチャン無いのかな……玲はそんなことを考えながら、酔っていることを自覚せざるを得ない。脳内のノリが合コンっぽくなっている。まあそういうイベントももうかなりご無沙汰しているので、どんなものだったか忘れつつあるが。
焼きおにぎりと焼酎のお湯割りを頼み、食事は締めに入ったが、話が尽きなかった。次作の話に入る前に、これまでの作品に関する話題にどうしても没入してしまう。玲は小山内が、如何にこれまで丁寧に挿絵を描いてくれたかを感じることになった。中には連載に追われて、おまけでつけ足したようなラブシーンもあったのに、そんな場面も読み手が推すページとなったのは、小山内の絵のおかげだ。
幸せなことだと玲は思った。思いつきで書いた小説を楽しんでくれる、顔も知らない沢山の読者がいてくれる。そして自分の稚拙な文章に、花を添えてくれるイラストレーターと出会えた。
これを収入源にしようとは決して思わない。だが、喜んでくれる人がいるのならば、できる限り上質なものを、提供し続けていきたい。玲は焼酎の底に沈んだ梅干しの匂いを楽しみながら、頭の中を幸福でふわふわさせていた。
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