オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜

穂祥 舞

2 司書の秘密②

 玲の男性経験は、貧しいほうである。学生時代に1年間交際していた同級生と、4年間結婚生活を共にした1歳上の元同僚しか知らない。そしてこれまで、涙を浮かべて喘ぐような快感を、その男たちとのセックスで得たことが無かった。世の女性たちは何処をどうされたら、失神するような快楽の沼にはまるのか、はっきり言ってよく分からない。そんな自分が官能小説など、ちゃんちゃら可笑おかしいが、セックスの場面は、他の作品やネットから得た知識と想像で補う。そして、玲の想像を超えたエロスを絵で提示して、インスピレーションを与えてくれる素晴らしい相方が、玲にはいる。
 大林薫の小説の表紙絵と挿絵を描いているイラストレーターはHiroという。玲はこの人物と、スキルマーケットなるもので出会った。これも同僚から教えてもらった。というよりは彼女から聞かされて、そんなサイトがあると初めて知った。
 エロ小説の投稿を始めて1年たった頃、玲の小説にはしっかりと読者がつき始めていた。他の作家たちがやっているように、挿絵を自分の小説、特に女性向きの作品に入れると面白いかもしれない。そう思ったものの、玲は絵が描けない。作家の中には自分で挿絵や表紙絵を作っている人もいて、その才能を羨んだ。しかし、ただ羨んでいても何も始まらない。
 玲はスキルマーケットを覗き、数多くのイラストレーターが絵を描きますとアピールしていることに驚いた。画面上に溢れる美麗なサンプルに目移りしながら、無条件に誰にでも頼める訳ではないと気づく。R18はNGだと自己紹介に記入している人も多い。かと言って、エロ専門の絵師のサンプルは、女性の乳房が大き過ぎたり、ポーズが不自然だったりして、玲の目にはやや下品に映った。上品さを保って、エロスを醸し出してくれる、裸の得意な神絵師はいないのか。
 数日間、帰宅してからほとんど血眼になってスキルマーケットのサイトを見ていた玲の目は、ようやくこれはと思う絵を見出した。それがHiroの絵だった。数枚のサンプルは男性も女性も顔だちが美しく知的だ。何よりも、裸で抱き合う男女の上半身の絵に惹きつけられた。女性の悩ましい表情、男性の肉体の凛々しさ、絡み合う指の繊細な筆致。「BL、NL、TL、R18承ります!」というメッセージも決め手になった。
 作家と絵師とのやり取りは、100パーセントオンラインである。玲はスキルマーケットの使い方を熟読し、どきどきしながらそのイラストレーターに絵を依頼した。Hiroは常識的で丁寧な文面で対応してくれる人物だった。玲はまずそれに安心した。料金は平均的だった(サイトを初めて見た時は、こんなにかかるものなのかと驚いたのだが)し、玲のイメージを丁寧に聞き取って、その通りに描いてくれた。玲は自分の産んだキャラクターが少しずつ姿を取るのを見て、ラフ画が戻って来るたびに、こんな楽しいことが世の中にあるのかと大興奮した。
 依頼から3日で仕上がった白黒の挿絵を入れ投稿すると、女性読者から大いに反応があった。小説のページに投稿された多くの好意的な感想に玲は嬉しくなり、それら全てをHiroに転送した。イラストレーターはキャラクターの特徴を聞き、こんなポーズでと伝えられた通りに描くが、時間が無いので文章にはあまり目を通さない。だがHiroは挿絵を依頼した小説を完読し、サイトに感想を書き込んでくれたのだった。
 HiroはSNSのアカウントを持ち、たまにそこで自分の絵を公開していた。ビジネス以外のことはここでやりとりできないかと言われて、玲はこわごわ、大林薫の名でアカウントを作った。そしてダイレクトメッセージで繋がるようになった。
 ある時Hiroは、自分の好きなシーンです、とコメントをつけて、玲の小説のある場面を描いたカラーの絵を送ってきてくれた。玲はその絵の美しさにしばし見惚みとれて、迷わずパソコンの壁紙に設定した。彼女がSNSにアップしている絵を含めて、色使いもきれいだなと思ったのをきっかけに、金はかかるが、表紙絵も任せることにした。それまで表紙にはフリー素材を使っていたのだったが、挿絵と同じ絵師による美しい表紙は、固定化した多くの大林薫ファンを喜ばせることになった。

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