社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第49話 生産が追い付かない①

それからしばらくして、信一郎さんと連絡が取れなくなった。
仕事が忙しいのだろう。
そう思っていた。

そんなある日、買い物に出かけようとして、家を出ると沢井家の車が、前を過ぎた。
「芹香?」
車は少し進んで、後部座席の窓が開いた。
「礼奈。」
いつも通り、私の名前を呼んでくれる芹香に、ほっとした。
もしかして、前の芹香に戻ったのかもしれない。
私は、少しずつ芹香に近づいて行った。

「元気?」
「うん、芹香は?」
そう聞いて、ハッとした。
芹香は、少し痩せたみたい。
「あの後、よく考えて黒崎さんとの結婚は、お断りしたの。」
「そう。」
やっと信一郎さんとの事、諦めてくれたんだ。

「黒崎さんっていい人ね。支度金も、返さなくていいなんて。」
「信一郎さん、そういうところあるから。」
やっと芹香と穏やかに話せる。
私はその嬉しさでいっぱいだった。

「これからは、自分の道を探すわ。」
「芹香ならできるよ。頑張って。」
芹香は、ニコッと笑った。
ああ、いつもの芹香だ。
その途端、芹香はうつむいた。

「そうそう、そう言えば。」
「ん?」
「黒崎さん、元気?」
その質問の意図が、最初分からなかった。
「……最近、会えていないけど、元気だと思う。」
「そう。でも、大変そうね。」
「えっ?」
芹香が、私の方を向いた。

「黒崎さんの会社、倒産するんですって?」
私は目を大きく開けた。
「何かしたの?」
「別に、私は何も。」
「嘘!」
そう言えば、取引を止めるとか言っていたような。
でも、それで困るのは沢井薬品の方だって、信一郎さんは言っていた。
「私はただ、ありのままをお父さんに話しただけよ。」
そう言って芹香は、車の窓を閉め行ってしまった。

私は慌てて、信一郎さんに電話を架けた。
でも出ない。何回も何回も架けて、やっと信一郎さんは電話に出てくれた。
「信一郎さん、会社大丈夫?」
信一郎さんは、”ああ”としか言わない。
「今、芹香に聞いたの。信一郎さんの会社、倒産するかもしれないって。」
「参ったな。そこまで聞いてるのか。」
その一言で、芹香の言葉はあながち間違っていないと知った。

「沢井薬品が、グループでウチの会社との取引を引いたんだ。その数は、10社にも上って……」
「10社 」
「売り上げが急に厳しくなった。資金繰りが上手くいかなかったら、芹香さんの言う通りに、倒産するかもな。」
「そんな……」
家の門をくぐり、工場の中を見た。
お父さんとお母さんが、慌ただしく働いている。

「とにかく、礼奈は心配しなくていいから。」
信一郎さんは、優しい口調で言ってくれた。
「うん。信じてる。」
「ありがとう。」
電話は切れて、私は工場に顔を出した。

「ただいま。今日は、残業?」
するとお父さんが、私を見て手招きをした。
「礼奈、手伝ってくれないか?」
「何を?」
「仕事だよ。発注が多くて、追いつかないんだよ。」
私はため息をついた。
「また、調子に乗って引き受けちゃったんじゃないの?」
お父さんは、発注があると無理してまで引き受けるから、後で慌てる事が多い。
「いや、今回は断っても来るんだ。仕方ないから、1か月待ちにしたんだが、それでも発注が止まらなくて。」
「ええ?」
1ヵ月待ちにしても、発注が止まらない?

私は工場の奥の、事務デスクがある場所を見た。
そこには、山ほどの発注書があって、金額を見ると100万と書いてある。
「100万 」
「そうなんだ。それだけで100万の大口なんだ。」
「100万って言ったら、今までの2か月分の売上じゃない!」
「まあ、信一郎君の会社への手数料もあるから、1,5か月分ってとこかな。」
そんな発注が、ウチの工場に 
どうして、そんな奇跡がやってきたの 

「いやあ、信一郎君には感謝感謝だな。」
「信一郎さんに?」
「信一郎君が、絹のタオルを受けてくれなかったら、こんなに発注はなかったよ。」
私は、ジーンと胸が温かくなった。
あの工場を救ってくれた、信一郎さんの行動が、ウチの工場をここまで発展させてくれたんだ。
私は、涙を拭いた。

「従業員増やさないとね。」
「ああ、そうだな。前に働いていた奴に連絡しようと思うんだが、何せ手が空かなくてな。」
困っているお父さんを見ると、私も何かしなきゃと思った。
「私が連絡するよ。」
「おう、頼む。」

私はお父さんのスマホを借りると、前に働いていた人達に電話を架けた。
でも、皆直ぐにいいよとは、言ってくれなかった。
「私が電話したからかな。」
「いや、皆今の仕事で、生活が成り立っているんだろう。」
お父さんは、私と話しながら手を動かしている。
お母さんは、別のラインに付きっ切りだ。

その時、信一郎さんの会社の事を思い出した。
「信一郎さん、どうかしてくれないかな。」
「ああ?信一郎君?」
私はスマホを取り出すと、信一郎さんに電話を架けた。
「礼奈?ごめん、今仕事中なんだ。」
「ごめんなさい。どうしても、相談したい事があって。」
すると向こうから足音がした。
どうやら、場所を移動したみたいだ。
「どうした?」
「信一郎さんが提案してくれた絹のタオル、盛況で生産が追い付かないの。」

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