社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第46話 もう嫌いか②

車は、大きな道を通り抜け、住宅地へと入った。
確かここって、高級住宅街だよね。
お金持ちしかいないこの一帯に、信一郎さんの家があるって事?

「緊張している?」
「う、うん。」
気づけば、服もいつも家で着ている物だ。
こんな見すぼらしい恰好で、信一郎さんの相手に、選んで貰えるのだろうか。
「大丈夫。両親は、俺に甘いから。」
以前、お店の庭に忍び込んだ時の、信一郎さんの両親が思い浮かぶ。
そんなふうには見えなかったけれど。
甘いって、どの程度なんだろう。
もうそれしか、考えられなかった。

「ここだよ。」
車が着いたその家は、大きな屋敷という感じで、とても威圧感を覚えた。
「さあ、行こう。」
信一郎さんに背中を押され、屋敷の玄関に向かった。
インターフォンを鳴らすと、男の人の声が聞こえた。
「信一郎です。」
そう言うと、大きな門がゆっくりと開いた。
その中に踏み入れると、とても綺麗な日本庭園が現れた。
そんな家って、あるの 

「坊ちゃま。お待ちしておりましたぞ。」
「坊ちゃまは、もうよしてくれよ。」
「すみません。なにせ、小さい頃から見ておりましたから。」
執事さんなのかな。とてもお年を召した方。
その人が、玄関まで案内してくれた。

「信一郎様。その方は。」
「ああ……」
信一郎さんは、私を抱き寄せてくれた。
「俺の結婚相手。」
「ほう。」
その執事さんは、私を見るとニコッと笑ってくれた。
私も釣られて、笑顔を見せる。

「森田。今日はお父さんとお母さん、いる?」
「いらっしゃいますよ。お二人共、居間でくつろいでいらっしゃいます。」
「有難う。」
信一郎さんは、玄関で靴を脱ぐと、私を居間に連れて行った。
「おお、信一郎じゃないか。」
「お父さん、久しぶりです。」
信一郎さんは、居間の前の廊下に座った。
「そんなところに座っていないで、こっちに来なさい。」
信一郎さんのお母さんが、手招きをする。

「お父さん、お母さん。今日は、僕の大切な人を連れて来ました。」
「大切な人?」
お父さんとお母さんは、顔を見合わせて、首を傾げた。
「礼奈、入って。」
緊張しながら、私はお父さんとお母さんの前に座った。
「初めまして。森井礼奈と言います。」
辺りがしーんとなる。
何?この凍り付いた雰囲気。
「どういう事?信一郎。」
「礼奈と僕は、結婚を前提にお付き合いしています。」
「結婚前提って、あなたには芹香さんがいるじゃないの。」
お母さんは、確か芹香の事、気に入っていたんだよね。
「お母さん、僕は芹香さんと結婚はしません。」
「何だって 」
お父さんも驚いている。

「僕はここにいる礼奈と結婚します。」
信一郎さんが、はっきり言ってくれたお陰で、胸がじーんと熱くなっている。
信一郎さん。ここまでしてくれるなんて。
何で私、もっと信一郎さんの事、信じなかったんだろう。
「だが、沢井家とはもう、金銭のやり取りをしているんだ。」
「申し訳ありません。僕には、どうしても芹香さんと結婚はできません。」
「信一郎!」
お父さんが立ち上がった時だ。

奥から、一人の老人が姿を現した。
「お父さん!」
「おじい様!」
信一郎さんと、お父さんが一斉に頭を下げている。
何?この状況。
「信一郎の思う通りにしてやってくれないか?」
その声は、もう弱弱しく枯れていた。
「俺にも、昔。結婚を約束していた女性がいたんだ。でも、ばあさんと結婚しろと言われて、別れてしまった。」
信一郎さんのおじい様がこちらを向いた。
「その女性と別れた事は、今でも後悔している。信一郎にはそんな思いをさせたくない。」
「おじい様。」
見れば、もう目が白く濁っていて、相当なお年を召しているのだなと分かった。

「礼奈さんだったかな。」
「はい!」
おじい様は、信一郎さんとそっくりな笑顔を見せてくれた。
「信一郎を宜しく。」
「はい……おじい様、有難うございます。」
私がお礼を言うと、信一郎さんのお母さんはため息をついた。
「芹香さんが、娘になってくれると思っていたのに。」
うぅ。お母さん、許して下さい。
「全く、金はやり損だ。」
お父さんも、納得いっていない様子。

「それに何ですか。その恰好。まるで貧乏人みたいじゃないですか。」
頭をガーンと殴られた気がした。
「す、すみません。」
「恰好からすると、名家のお嬢さんではないようね。」
「でも、僕の会社の取引先の娘さんです。」
「まあ。じゃあ、信一郎をたぶらかして 」
お母さん、想像豊かな人なんだね。
話を聞いていると、だんだん自信が無くなってくる。

「お母さん。僕はたぶらかされていませんよ。」
「じゃあ、どうして信一郎と礼奈さんが付き合う事に?」
そう言われると、信一郎さんは私を見つめた。
「運命で惹かれ合ったんです。」
「信一郎さん……」
信一郎さんも私と同じように、運命を感じてくれていたの?
私達は、恥ずかしいくらいに、信一郎さんのお父さんとお母さんの前で、見つめ合ってしまった。




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