社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第45話 もう嫌いか①

信一郎さんに別れを言ってから、毎日のように電話が架かってくるようになった。
【俺は別れたくない。信じてくれ、礼奈。】
そんなメールもきた。
私だって、別れたくなかった。
信一郎さんは、運命の人だって思っていたから。
でも、私達の知らないところで、大きな渦が邪魔しているのが見える。
それに抗える力がないのだ。

「信一郎さん……」
悔しくて泣いた。
私にもっと力があったら。
芹香と同等の力があったら、信一郎さんとの事は絶対に負けないのに。

「喧嘩でもしたの?」
いつの間にか、お母さんが側に寄ってきていた。
「ううん。」
「でも、最近信一郎さんの話、しないわよね。」
お母さんは、ちゃんと私を見ている。
「別れたの。」
「あら、どうして?」
「この前の芹香のパーティー、信一郎さんと芹香の婚約パーティーだったの。」
「えっ 」

お母さんも驚いていた。
「じゃあ、正式に二人は婚約したって事?」
「そうみたい。」
足をぎゅっと組んで、作り笑いをした。
お母さんには、心配かけたくない。

その時、芹香の気持ちが、少しだけ分かった気がした。
芹香だって、お母さんを想って、信一郎さんとの結婚を受け入れた。
芹香。私、芹香には幸せになって欲しいよ。
信一郎さんとの結婚で、芹香は幸せになるの?

「何だか、信一郎さんには、がっかりだわ。」
お母さんは、ため息をついた。
「礼奈と結婚するって言っておいて、結局芹香ちゃんと二股かけていたのね。」
「そうじゃない。芹香が強引に、結婚を進めたのよ。」
「でも、信一郎さんには断れたじゃない。」
「断っても、芹香が分からないのよ。」
「ええっ 」
芹香、どうしてしまったの?
どうすれば、分かってくれるの?

その時、お父さんが家に戻って来た。
「おい、信一郎君が来たぞ。」
私はガバッと顔を上げると、慌てて奥の部屋に避難した。
「私はいないって言って。」
「いや、いるって言ったし。」
「追い返して!」
「いや、もうここにいるし。」
振り返ると、お父さんの後ろに、信一郎さんがいた。

「礼奈。そんなに俺の事、嫌いなのか。」
ショックを受けてる信一郎さんに、お母さんがお茶を出した。
「礼奈は、もう別れたって言ってますよ。」
「いえ。俺はそんな事言っていません。」
「でも、芹香ちゃんと婚約したんでしょ。」
「あれは先方が勝手に言っているだけです。」

信一郎さんが、奥の部屋までやってくる。
「礼奈。」
「来ないで!」
「俺の事、嫌いになったのか?」
その言葉に、胸が痛む。
そんな訳ないじゃない。
今でも、信一郎さんの事が好きだよ。
そう思うと、涙が出てくる。

それを見た信一郎さんは、私を抱きしめてくれた。
「泣くって事は、まだ俺の事好きなんだな。」
「そんな事言っていない。」
「頑固だな。まあ、礼奈のそういうところも、好きだけど。」
信一郎さん、ずるい。
そんな事言われたら、また泣けてくる。

「そんなに俺の事好きなのに、このまま諦めるのか。」
「だって、もう結婚できないじゃない。」
「そんな事はないよ。」
何で信一郎さんは、私に期待を持たせるような事ばかりを言うの?
芹香と結婚するんだから、私とは結婚できないじゃない。

「礼奈は、俺に嘘ついてまで、俺と一緒にいようとしたじゃないか。」
「うん。」
「あの時の礼奈は、どこに行った?あの時の情熱は、失くしてしまった?」
信一郎さんの胸の中で、あの時の事を思い出す。
「あの時とは、状況が違うよ。」
あの時は、信一郎さんしか見えなかった。
でも今は、芹香や両親の事だって見える。
「礼奈は、芹香さんと俺との結婚にこだわっているのか。」
「当たり前じゃない。」
「どうすれば、信じてくれる?俺は芹香さんと結婚しないって。」

そんな事、言われたって……
あるとすれば、私が信一郎さんの家に認められた相手だって、自信が持てたら。

「礼奈。教えて。」
「……信一郎さんの家の人に、婚約者だって認められたら。」
そんな事、あり得る訳ないけれど。
でも、信一郎さんは違ったみたい。
「いい考えかも。」
「えっ?」
「俺の両親が、礼奈を認めてくれればいいんだ。」
信一郎さんは、私の手を引いて立ち上がった。
私も一緒に立ち上がると、信一郎さんは私を見つめてくれた。

「行こう、俺の家に。」
「今から?」
「思い立ったが吉日って言うだろ。」
そう言うと信一郎さんは、私を連れて玄関に向かった。
「お父さん、お母さん。ちょっと礼奈を借ります。」
「あ、ああ。」
そして信一郎さんは、家を出ると、私を乗せて車を走らせた。

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