社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第35章 もう忘れなよ①

どうして?あんなに、自分の意見を持っていた芹香が、お父さんの意見に屈するの 
私はスマホを拾い上げて、もう一度芹香と話した。
「芹香、人生諦めるの?」
芹香は、電話の奥で泣いてるようだった。
「芹香……」
『母が、施設に入るの。』

ー お母さんが若年性認知症だと -

『専門の施設だから、お金がいるみたい。』
「だからって、芹香が犠牲になる事はないよ。」
『よく考えた事だから。』
芹香の言葉が、一つ一つ重い。
自由奔放な芹香が、そこまで考えるんだから、余程の事なのだろう。

『近々、黒崎さんと会う事になっている。』
「えっ……」
『そこで、正式に結婚の話をすると思う。』
そんな!私がいるのに、勝手に結婚の話が進むなんて!
『礼奈、ごめんね。』
「どうして、謝るの?」
『私が、黒崎さんと結婚しちゃって……』

えっ?もう結婚ありきなの 
「待ってよ、芹香!」
『許してね、礼奈。』
そう言って芹香は、電話を切った。

私は急いで、信一郎さんに電話をした。
『礼奈?』
「信一郎さん、芹香と会うって本当?」
『ああ、今度の食事会の事か。』
食事会。そんなんで、話は終わらない。

「いつ?どこで?何時から?」
『おいおい、慌てるなよ。』
信一郎さんこそ、呑気にしてないでよ。
『気にしないで、大丈夫だから。』
「でも……」

『俺には、礼奈がいるんだから。』
信一郎さんの言葉に、ほっとする自分がいた。
「分かった。」
ここは一旦、引いた方がいい。
私は電話を切ると、ベッドに横になった。
絶対、芹香のお父さんは、結婚の話を進めてくる。
何とか、引き止めないと!

私は週末、芹香の家を見張っていた。
十中八九、食事会とかは、週末に持ってくるはずだ。
そして、11時過ぎ。
家から、芹香とお父さんが出て来た。
やっぱりそうだ。
張っておいて、よかった。

二人が車に乗ったのを見届け、私もタクシーに乗った。
「前の車を追いかけて下さい。」
「はい。」
タクシーの運転手の人は、運転が上手くて、微妙な距離を保ちながら、芹香たちの車を追ってくれる。
やがて、前の車は趣のある小料理屋に入って行く。
私はタクシーを降り、庭からその小料理屋に入って行く。
こんな泥棒みたいな事、本当はやってはいけないと思うけれど、今回だけは見逃して!

奥に奥に入って行くと、窓際の部屋に、信一郎さんがいた。
一緒にいるのは、ご両親かもしれない。
これは、本格的なお見合いの席?
胸が不安だらけになった。

その部屋に、芹香が入って来た。
芹香、上等なワンピースを着て、化粧もしている。
本気だ。
私は、庭から窓際に移動した。
中の会話が、聞こえるようにだ。

「本日は、いらっしゃって頂き、有難うございます。」
芹香のお父さんが、挨拶をする。
「今回の結婚の話を、まとめたいと思っています。」
やっぱり、結婚ありきの話だった!
「その前に、芹香さんのお気持ちは、どうなんですか。」
信一郎さんが、芹香に聞いている。
ああ、もう少し移動できたら、芹香の表情も見られるのに。

「私は、黒崎さんと結婚したいと思っています。」
「それは、本心ですか。」
離れていても、二人のピリピリとした空気が伝わってくる。
「一度決めた事です。気持ちは変わりません。」
芹香、こんな時でも頑固なんだから。
「少々、芹香さんの事を、調べさせて頂きました。」
信一郎さんが、何か書類を出している。

「芹香さんには、お付き合いしている方が、いらっしゃいますね。」
うわっ!信一郎さん!
それは、芹香にとって禁句だよ~!
「芹香、これはっ!」
きっとあの書類には、配達員のあの人の情報が、載っているんだろうなぁ。

「お父さん、落ち着いて下さい。」
芹香、怖いくらいに冷静になっている。
「この方とは、既に別れています。」
「本当ですか?」
「はい。身分が釣り合わないからと、彼から別れを切り出されました。」

芹香、よくその事を言ったね。
ううん、もしかして信一郎さんに対して、本気だから?

「信一郎。こんな綺麗なお嬢さんなんだから、恋人の一人くらいいたって、仕方ないじゃないか。」
「そうね。もう別れているって言う話ですし。」
びっくりしたのは、信一郎さんのご両親、この結婚に乗り気なの?
「結婚した後は、信一郎一人にして頂ければいいのだから。」
「そのつもりです。」

ああ、このままじゃあ、本当に結婚の話がまとまってしまう。
ここで、出て行くべきか。
どうする 私!!


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