社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第17話 就活①

その日は、信一郎さんの温もりで起きた。
気が付くと、後ろから信一郎さんに抱きしめられていた。
後ろを向くと、信一郎さんがスースーと寝息を立てて眠っている。
こんな景色を見られるなんて。
胸がじんわり温かくなる。

「ん……」
信一郎さんが、眠い目を擦る。
「起こしちゃいました?」
「ううん……芹香は、もう起きた?」
「はい。」
すると信一郎さんは、私の上に覆いかぶさった。
「朝も、愛し合おう。」
私が返事をする前に、信一郎さんと繋がる。
「信一郎さん……」
「芹香、その顔そそられる。」

信一郎さんは、私を見つめながら、一心不乱に腰を振り続ける。
きっと、私を満足させたいのだろう。
でも、信一郎さんが愛しているのは、芹香であって、私じゃない。

「信一郎さん……」
胸が痛くて、涙が出てくる。
「どうして……泣いてる?」
信一郎さんは、私の涙を拭ってくれた。
「信一郎さんに、愛されているのが、嬉しくて……」
「芹香!この気持ちは、ずっと変わらないよ。」
信一郎さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「芹香……芹香!」
信一郎さんは、私の中で果てると、ぐったりしていた。
その身体を、私はぎゅっと抱きしめる。

その後、二人でシャワーを浴びて、服に着替えた。
「どうだった?楽しかった?」
「うん。またこういう夜を一緒に過ごしたいな。」
芹香、ごめん。
やっぱり私、信一郎さんの事、諦められない。

「そうだな。来週、また時間を取るよ。」
「うん。」
私達は、腕を組んでホテルを出た。
まるで、どこかの映画に出てくるカップルみたいに。

信一郎さんは、タクシーを停めて、私を乗せた。
「ごめん、今日は仕事があって、送る事ができない。」
「いいんです。一人で帰れますから。」
そして、手を振って別れた。
夢のような一晩。
私はタクシーに乗っている中、その幸せに浸っていた。

やがて、タクシーは私の家に着き、私を降ろした。
お金を払って、タクシーが行くと、何だか寂しくもあった。
「もう夢は、終わりか。」
荷物を持って家に帰ると、両親が工場の中で項垂れているのが見えた。
「どうしたの?」
私はそのまま、工場の中に入った。
「ああ、礼奈。」

お母さんの目に、涙が溜まっている。
そして私の腕の中に入ると、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
「えっ?お母さん?」
するとお父さんが、私の側に寄って来た。
「すまん、礼奈。今月の給料出せない。」
「えっ……」

今までだって、少しは貰えていたのに。
「いいけど、生活費は?お父さん達の分は、出るんだよね。」
そう言うと、お母さんは倒れ込むようにして、しゃがみ込んで泣いてしまった。
「これが、今月の収支だ。」
お父さんに、帳簿を見せて貰うと、入ったお金は全て費用に回され、しかも足りない。
赤字という事だ。

「これって、今月だけ?」
「いや、ここ半年こんな感じだ。」
「半年も 」
お父さんは、もう疲れたように、床に座ってしまった。
「今までは何とか、銀行から借りられたが、もう貸せませんだとさ。」
「それはそうでしょ。半年も赤字続きだったら。」
「もう、ダメだ。倒産するしかない。」
「待って!」
私は、急いでバッグの中から、スマホを取り出した。

「どうするの?」
お母さんが、私の足にすがる。
「芹香に、融資して貰えないか、聞いてみる。」
両親は顔を見合わせた。
『はい、もしもし。』
芹香は、いつも直ぐに電話に出てくれる。

「芹香、お願いがあるの。」
『またお金の事?』
図星の回答に、息が止まる。
『いいけど、今回はいくら?』
「……100万。」
『100万 』
両親は一斉に、私を見た。

『その金額は、私一人じゃどうにもならないわ。』
「何とかならない?工場が倒産寸前なの。最後のお願いだから。」
芹香のため息が聞こえてくる。
『何とかしてあげたいけれど、返す当てがあるの?』
「うん。」
『どうやって返すの?』

私は歩きながら、考えた。
「……私、外で働くから、その給料から支払うわ。」
『分かった。私もお父さんに言ってみる。』
そこで、電話は切れた。
辺りはシーンとしている。
「そう言う事だから、私今日から就活するわ。」
そう言って工場を去ろうとした私の腕を、お母さんが掴んだ。
「ごめんね。いつも苦労かけて。」

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