社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第15話 痛む胸①

そしていよいよ、3回目のデートの日がやってきた。
私はゆっくりと、部屋からの階段を降りる。

「今日は、一段と気合が入ってるわね。」
案の定、お母さんが仕事に行く振りをして、私を見送る。
「有難う。」
「ほんと、どこかのお嬢様みたいだね。」
お母さんは、私の肩をポンポンと叩いた。
「綺麗だよ。って、お母さんが言う事じゃないか。」
お母さんは、微笑みながら仕事場に行こうとする。

「お母さん、お父さんには黙っておいて。」
振り返ったお母さんは、うんと頷いた。
「安心しな。お父さんには、何も言ってないから。」
「うん。」
こういう時、お母さんが味方でよかったと思う。

「ところで、いつもより荷物が多いね。」
「ああ……」
お母さんには、本当の事言った方がいいかな。
「お母さん、私今夜帰らないかも。」
「かもって言うのは、振られる事もあるって事?」
私は正直に、うんと頷いた。
「そう。もし振られたら、その時は真っすぐ帰って来なさい。」
「うん。そうする。」

そして、お母さんに行って来ますと伝え、私はタクシーに乗った。
「プリンスホテルへ。」
「はい。」
信一郎さんが予約してくれた、高級ホテル。
私を抱く為に、最高のもてなしをしてくれた。

今夜、私は自分が芹香じゃなくて、礼奈だって伝える。
そこで信一郎さんが、難色を示したら、そこで終わり。
でも、恐らく信一郎さんは、困るだろう。
沢井家との繋がりができると思っていたのに、それが無くなるのだから。
そして、残ったのは玉の輿を狙った貧乏な家の娘の私。
絶対、私との結婚は断ると思う。

私は、タクシーの中で、頬を叩いた。
「よし!やってやろうじゃないの!」
振られても、上々!
お母さんが言う通りに、真っすぐに家に帰ればいいんだ。
目的のプリンスホテルは、もう目の前に来ている。
私は、その高層階のホテルを見つめた。

タクシーが玄関の前に着いて、私は軽やかに降りた。
「ここね。」
荷物を持って、ホテルの中に入ると、信一郎さんが近づいて来た。
「芹香。」
「信一郎さん。」
すると信一郎さんが、私の荷物を持った。
「部屋を案内するよ。」
「うん。」
そして二人で、エレベーターに乗った。

私は静かに心臓が鳴っていて、なかなか信一郎さんに話しかけられなかった。
「芹香、緊張している?」
「えっ 」
私は自分の声の大きさに、口を覆った。
「そんなに身構えないで。別に変な事しようと思ってないから。」
「う、うん。」
そうよ。信一郎さんが、変態な訳ないし。
する事は、皆一緒なんだから。
そして何気に、信一郎さんが私の手を繋ぐ。
「思い出に残る一夜にしよう。」
私はその目を、裏切れなかった。
「うん。」

ああ、芹香。許して。
やっぱり私は、自分だと名乗れない。
このまま、芹香でいさせて。

その時、エレベーターが部屋のある階に、到着した。
「ここだよ。」
私は信一郎さんに連れて行かれるままに、エレベーターを降りた。
部屋の鍵を開けて、信一郎さんは私の背中を押した。
「ええー!」
そこには、都内を一望できる場所があった。
「綺麗……」
こんな場所があったなんて。
私は生まれて初めて、心の奥から感動した。

「ここから見る夜景も綺麗だよ。」
「うん、うん。」
私は興奮する気持ちを抑えて、その景色を目に焼き付けた。
その内に、信一郎さんは私の荷物をソファーに置いた。
「すごい荷物だね。」
「何か、泊まるのに必要な物を考えたら、いろんな物を入れてしまって。」
「ははは。」

信一郎さんが笑っている。
それを見ると、私も楽しくなる。
「今日、泊まる事。よくお父さんは許してくれたね。」
「父には、言ってないの。」
信一郎さんの手が止まる。

「そうか。お父さんは、知らないのか。」
信一郎さんは、困った顔をする。
「あっ、でも。関係ないから、お父さんは。」
「いや、君を抱くって事は、沢井のお父さんにも、認めて……」
「ああ!」
私は立ち上がると、何か策を見つけるように、近くを歩いた。
「……父は、信一郎さんと付き合っている事、知っているから。」
「本当?」
「お見合いを受けるって事は、そう言う事でしょ。」
「……確かに。」

本当は芹香のお父さんも、芹香自身も知らないけれど。
でも、たかが一度のセックスで、そこまで考えるかな。

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