社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第13話 運命の人①

そして私は芹香に抱えられながら、彼女の家に連れて行かれた。
「はい、お水。」
水が入ったグラスを手渡され、私は受け取ると、ごくごくと飲み始めた。
飲み終わると、グラスを持つ手が震えている。

「さあ、話してちょうだい。」
「芹香……」
「怒らないから。さあ。」
”怒らないから”彼女の言葉には、信ぴょう性がある。

今まで芹香が、私に怒った事あった?
そう、ない。
大丈夫。今回も、芹香は許してくれる。
そう、彼女を信じる。

「相手は、芹香がお見合いを断って欲しいって言った、黒崎信一郎さんなの。」
「やっぱり。」
芹香は、はぁーっとため息をついた。
「それで?どうして、その黒崎さんと一緒にいる訳?」
「……お見合いを断れなくて。」
「断れなかった 」
私の身体がビクつく。
「ちょっとちょっと。じゃあ、相手は私との話が進んでるって思っているの?」
「うん。」
「うんって……私 礼奈じゃなくて 」

芹香がそう言うのは、当然だ。
だって、自分とのお見合いが進んでいるなんて、どう考えてもおかしい。
しかも、断ってくれと言った相手と。

「言えなかったの。」
「何を?」
「私は、芹香じゃないって。」
「要するに、私と偽ってデートしてたんだ。」
芹香の言葉尻が、強くなる。
「それで芹香、愛してるに繋がるのね。」
「……ごめん。」

どこかで、私は芹香じゃない。
礼奈だって言えば、状況は変わってた?
ううん。
状況はもっと最悪な方に行って。
信一郎さんとは、会えなかったかもしれない。

「大体、どうしてお見合い、断れなかったの?」
そして芹香は、本心をつく。
「元はと言えば、そこが原因な訳でしょ。」
「うん……」
私は、覚悟を決めた。
もう信一郎さんと会えなくてもいい。
あのキスで、私は満足する。

そうよ。信一郎さんは、私にとって手の届かない人。
最初から、結ばれない人だったのよ。

「芹香。私ね、初めて信一郎さんに会った時、こんなに素敵な人いるんだと思ったの。」
「えっ……一目惚れって事?」
私はうんと頷いた。
「信一郎さんも、私の事お淑やかだって、気に入ってくれて……だから。」
「だから?」
「断れなかった理由がそれ。お互い、気に入ったからって事。」

こうなったら、私も自信持っていかなきゃ。
気に入ったのは、私だけじゃない。
私と結婚したいと言ってくれた信一郎さんの為にも、芹香には納得して貰わなきゃ。

「だったら、何も私の名前を使わないで、自分は礼奈ですって言えばいいじゃない。」
うっ、と思わずなった。
痛いところ、芹香は突いてくる。
「それも、言えなかった。」
「どうして?」
言えないよ。
信一郎さんは、私の事お嬢様だって信じているんだから。

「それは……信一郎さんが……」
「黒崎さんのせいなの?」
芹香の言葉に、胸がズキッとした。
私、今までずっと信一郎さんに、理由があると思っていた?

「聞こうじゃないの。黒崎さんが何だって?」
「そう言われると、言いづらい。」
芹香はじーっと、私を見ている。
「いいわ。言うよ。」
もうここまで話したんだから、もう芹香に黙っていても仕方がない。

「黒崎さんは、芹香みたいなご令嬢との結婚を望んでいるの。私みたいな貧乏な家の娘は、最初から望んでいないのよ。」
「へえ。それで、私になりすましですか。」
その言い方に、カチンときた。
「芹香はいいわよ。お嬢様なんだから。私の気持ちなんて、分からないわよ。」
「ええ、分からないわ。礼奈だって、私の気持ち分からないじゃない。」
「はあ?」
「知らない間に、私が知らない人とデートしてんのよ?黒崎さんは、私だと思っているのよ?」
「それは……ごめん。」

そう言うしかなかった。
芹香の気持ち考えたら、確かに気持ち悪いよね。

「でも、これだけは解って欲しい。」
「礼奈?」
「信一郎さんは、私にとって運命の人なの。」
私と芹香が、お互い見つめ合う。

「だから?」
「えっ?」
「だから何なの?今まで通り、私の名前を語って、黒崎さんに会うって事?」
私はゴクンと息を飲んだ。
そして私は悟った。
もう芹香として、信一郎さんに会えない事を。

「分かった。私が礼奈だって、言えばいいのね。」
「当たり前でしょう?」
私はチラッと、芹香を見た。
「もし、私が芹香じゃないって言って、もう信一郎さんに会えなくなったら……」
私の目に、涙が溜まった。
「だとしても、それは私のせいじゃない。黒崎さんのせいでしょ。」
私は、芹香の尤もな意見に、何も言えなかった。

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