社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第12話 どういう事?②

「今日、家まで送らせてくれないかな。」
でも、一瞬で現実に引き戻された。

自分の家に連れて行くなんて、絶対ダメだし。
芹香の家まで行ったって、怪しまれるだけだ。

「いえ、近くまでで大丈夫です。」
私は酔う為に、ワインを口にした。
「お父さんに、挨拶したいんだ。」
ワインを飲む手が、止まった。
「父は……忙しい人ですし。」
「そんなに時間は取らせないよ。沢井社長が忙しいのは、俺も知っているし。」
そんな事言われても、父親に会わせるなんて、余計にできない。
「又、今度にしましょう。」
「今度か……我慢できるかな。」
「えっ?」
私はニヤッと笑う信一郎さんを見た。

「俺達そろそろ、次のステップに進んでもいいんじゃないかな。」
「次のステップって……」
すると信一郎さんが、私の手を握った。
「一緒に夜を過ごすとか。」
私はかぁーっと、赤くなった。
そういう事は、別に初めてじゃない。
昔、彼氏がいた時に、一人暮らしの部屋に泊まりに行った事もあるし。
でも、相手が信一郎さんとなると、ちょっと違う。

「俺の事、まだそういう風に見れない?」
「いえ、とても……嬉しいです。」
気持ちが通じ合っているなら、身体を重ねたいと思うのは、普通の事。
信一郎さんだって、普通の人なんだから、そういう事考えるのは当たり前じゃない。

「でも、お父さんに娘さんとお付き合いさせて頂いてますって言ってから、君を抱きたかったな。」
「そんな!いいんです。父は、そういうところ、甘いですから。」
お父さんとは、恋愛の話はあまりした事ないけれど、特別厳しい事言われた事ないし。
元彼の時だって、泊まりに行っても、何も言われなかった。
「驚いたな。てっきり箱入り娘だと思っていたのに。」

ドキッとなった。
そうだ。私は、信一郎さんの前では、お淑やかなお嬢様だった。
「……父は、恋愛はしなさいって言う派なんで。結婚までに誰とも付き合うななんて、言われた事ないんです。」
「そっか。今時のお父さんなんだね。」
「はい。」
ははは。芹香のお父さんは、どうなんだろう。
お見合いさせるぐらいだし、芹香が好きな人を隠しているぐらいだから、本当は厳しいのかな。
「じゃあ、俺は芹香を大切にしないとね。」
「はい。大切にしてください。」

そして、二人でふふふと笑った。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
立ち上がろうとすると、足元がふらついた。
「大丈夫か?芹香。」
「う、うん。」
ワイン飲み過ぎたかな。
真っすぐに歩けない。
「俺に捕まって。」
信一郎さんの腕にしがみ付いて、私は何とかお店の外に出た。

「すみません。こんなになるはずじゃなかったのに。」
「大丈夫だよ、俺がいるから。」
信一郎さんの顔が、ゆらりと揺れる。
「参ったな。一人で帰せないよ。」
信一郎さんはタクシーを呼ぶと、私と一緒に乗った。
「桜町まで。」
「はい。」
酔っている最中、聞こえてきた桜町は、芹香の家がある方向だ。

しっかりしないと、大変な事になる。
「信一郎さん、私大丈夫なので、途中で降ろして下さい。」
「ダメ。他の男に襲われたら、どうするの。」
「でも……」
「でもじゃない。君は、俺がそんな薄情な人間だと思っているのか?」
私はううんと、首を振ったけれど。
この後、どうしよう。
運悪く、芹香に会ってしまったら。

そんな事を考えている内に、芹香の家の前に来てしまった。
「芹香、立てる?」
「うん。」
ここは大丈夫ように振舞わないと、今までの事がバレてしまう。
私はタクシーを降りると、信一郎さんに頭を下げた。
「送って頂いて、ありがとうございます。」
「いや、俺こそ飲ませ過ぎた。すまない。」
飲み過ぎたのは、私なのに。
優し過ぎるよ、信一郎さん。

「本当はこのまま、お父さんに会っていきたかったけれど、芹香の体調もあるし、又今度にするよ。」
「うん。おやすみなさい。」
「おやすみ、芹香。」
そう言うと信一郎さんは、私の頬にチュッと、キスをしてくれた。
「信一郎さん……」
「芹香、愛しているよ。」
そして信一郎さんは、タクシーに乗って行ってしまった。

私はタクシーが角を曲がるまで、手を振った。
「ふぅー、よかった。何事もなくて。」
私が、安心したのも束の間だ。
「何が?」
芹香の声がして、後ろを向いた。
「芹香!」
そこには、家にいるはずの芹香の姿があった。

「礼奈が男の人と一緒にいるから、からかおうとして来たのに。どういう事?」
「あ、あの……」
「あの男の人、信一郎さんって言ってたわよね。確か、この前のお見合いの相手、黒崎信一郎さんって言った。同一人物?」
「芹香……」
私は一歩、また一歩、後ろに下がった。
どうしよう。この状況を、どう説明すればいいの?

「……ううん。名前はたまたま、一緒なだけで。違う人。」
「それに礼奈の事。芹香って呼んでた。」
「それは……」
頭がくらくらする。
私は近くのコンクリートの壁に、手を着いた。
「はっきり聞こえたんだから。芹香、愛してるって。」
私は、そのままその場に、座り込んでしまった。





「社長は身代わり婚約者を溺愛する」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く