社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第5話 ご令嬢①

そしてまた、信一郎さんから連絡が来て、美術館に行くのは、来週の日曜日になった。
「ところで、何を着て行こう。」
私は自分のクローゼットを、覗き込んだ。
カジュアルな服装ばかりで、女の子らしい服なんて、一つもない。

「これは、新しい服買わなきゃ。」
私は財布の中身を見た。
「うん、まだある。」
私は財布をバッグの中に入れた。

「お母さん、夕食の買い出し、行ってくるよ。」
「いつも有難うね。」
お母さんはメモに、今日買うリストを書き、お金を私に渡した。
「あと、スーパーじゃなくてモールに行ってくるから、少し遅くなるかもしれない。」

「そう。気を付けて行ってくるのよ。」
基本、お母さんは私の言う事に、口出ししない。
その分、私を信じてくれているんじゃないかと思う。

私は自転車を漕ぐと、いつものスーパーよりも遠い、ショッピングモールへと向かった。
女の子らしい服装。
という事は、スカートか。
何年振りだろう。スカートを履くのは。

私はショッピングモールに着くと、いつも服を買っている店に行った。
あった。スカートの類。
私は迷わずにロングスカートを手に取った。

その時、隣の二人組の女の子達が、話しているのが聞こえた。
「今流行は、マーメイドラインだよ。」
「下がフレアになっているモノね。私、一つ買おうかな。」
私は横目でチラ見した。
確かに、下がフワッと広がっていて、可愛い。
でも、私に似合う?

私は、近くの鏡を見た。
スタイルだって、良くない。
髪だって、芹香みたいに長くないし、巻いてもいない。
そう、芹香だったら、マーメイドスカートも似合うのに。
そう思うと、グッと手を握った。

「芹香だったら……」
そうなんだ。信一郎さんが会うのは、私であって私じゃない。
芹香の代わりなんだ。
芹香だったら、絶対マーメイドスカート履くはず。
私は、女の子達が去った後、マーメイドスカートを手に取った。

どれがいいかな。
芹香が着そうなスカート。
彼女だったら、地味な色は履かないだろう。
芹香だったら。
私の頭の中は、芹香でいっぱいになった。

「はぁー。」
それだけでも疲れた。
「そうだ。信一郎さんは、お淑やかな方が好きなんだよね。」
私は黒色のスカートを手に取った。

この色だったら、お淑やかに見えるかも。
値段も4,000円。
買えない訳じゃないし、安っぽくもない。
「決めた。」
私はそのスカートを持って、レジに向かった。

「試着はされますか?」
「試着……」
もし、当日履いてみていまいちだったら、取り返しがつかない。
「はい、試着してもいいですか?」
いつもは試着なんて、しないのに。

店員さんに案内されて、試着室でスカートを履いた。
でも、トップスがカジュアルだから、お嬢様には見えない。
「如何でした?」
私はスカートを脱ぎ、試着室を出た。
ここは、店員さんの力を借りよう。

「あの……お嬢様風に見えるトップスって、ありますか?」
「お嬢様風……少しお待ちくださいね。」
そう言って店員さんが持って来てくれたのは、白の袖にフリルが付いたモノだった。
「これでしたら、そのスカートにも似合いますよ。」
「じゃあ、それとこのスカートを下さい。」
「有難うございます。」

間違いなく予算オーバー。
でも、今度のデートも、失敗する訳にはいかない。
私は店員さんから服が入った袋を受け取ると、心が躍った。
これで私もお嬢様に見える。
何故かそんな自信が、私の心の中に宿った。

「お帰りなさい。」
いつの間にか、夕食の買い出しも済ませ、家に帰っていた。
「何、服買いに行ってたの?」
「……うん。」

まさか、スカートを買ったなんて言えない。
「お母さん、今日私が夕食作るよ。」
「あら、そう?」
うんと頷いて、私は家に戻った。

自分の部屋に戻った私は、早速買ったスカートとトップスを着てみた。
鏡を見ると、どこかのお嬢様みたいに見える。
「ははは。服装一つで、こんなに変わるんだ。」
何故だか可笑しくて、笑うしかなかった。

そして私は、日曜日にその服を着た。
まだ慣れない服装に、何だか足がふわつく。
部屋から出て、階段を降りて、両親の目に留まる前に家を出ようとした。
「うん、いないね。」

両親がいない事を確認して、玄関を開けた。
「あら、どこか出かけるの?」
「うわっ!びっくりした!」
玄関を開けた瞬間、お母さんの顔があって、身体が跳ね上がる程に驚いた。
「そんなに驚く事ないじゃない。」
「ごめん、ごめん。」

こっそり過ぎようとしているのに、お母さんは私がスカートを履いている事に目をつけた。
「今日はどうしたの?いつもと違う雰囲気じゃない。」



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